8月17日の祈祷会の内容です。

祈祷会

祈祷会         民数記27章「モーセからヨシュアへ」    2022.8.17

 イスラエルの人々は、エジプトから出て、荒れ野を40年間放浪していました。今や、約束の地は目の前にあります。イスラエルの人々の中で世代交代が終り、新しい世代になり、新しい時代が始まろうとしています。第二回の人口調査が終り、イスラエルの12部族の20歳以上の男子が数えられました。この人口調査は、約束の地に入るために、戦うことのできる人数を数えるだけではなく、約束の地での土地の占領と土地の分割のためでした。土地は人数によって、広さが決められます。人数が多ければ、広い土地をもらうことができ、人数が少なければ、土地の少ないということです。土地の場所はくじ引きで決められます。約束の土地の分割は、約束の地に入る前に、神によって決められていきます。

・1~11、ツェロハドの娘たちの申し出

 ヨセフの子マナセの一族であるヘフェルの子ツェロハドの娘たちが進み出て、幕屋にいるモーセと祭司エルアザル、指導者および共同体全体の前に立ちいいます。「私たちの父は荒れ野で死にましたが、主に逆らったコラの仲間に加わりませんでした。彼は自分の罪のゆえに死に、男の子はありませんでした。男の子がないからいって、どうして父の名がその氏族の中から削られてよいでしょうか。父の兄弟たちと同じように、私たちにも所有の地をください」と。

26:33

ヘフェルの子ツェロフハドには息子がなく、娘だけであった。ツェロフハドの娘の名は、マフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、ティルツァであった。

 モーセは娘たちの訴えを神のみ前に持ち出すと、神は「娘たちの言い分は正しい。あなたは必ず娘たちに、その父の兄弟たちと同じように、嗣業の土地を与えなさい。」といいます。更に、ある人が死に、男の子がないならば、娘に渡しなさい。娘のいない場合は、その人の兄弟に与えなさい。その兄弟もいないなら、氏族の中で一番近い親戚に与えなさいとなりました。約束の土地は、一度場所が決められたら、ずっと変わることがないということです。跡継ぎの男の子のいない場合は、娘がいれば、娘に与えられるということです。これは非常に画期的なことだったといえるでしょう。

・12~14、モーセの死の予告

 神はモーセにいわれました。「この山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるだろう」と。

民数記20:9~13

モーセは、命じられたとおり、主の御前から杖を取った。そして、モーセとアロンは会衆を岩の前に集めて言った。「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか。」モーセが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、共同体も家畜も飲んだ。主はモーセとアロンに向かって言われた。「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前に、わたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない。」これがメリバ(争い)の水であって、イスラエルの人々が主と争った所であり、主が御自分の聖なることを示された所である。

 この聖書の個所で、モーセは岩から水を出す時に、杖で岩を二度打ってしまいました。それが、神の聖なることを示さなかったということになり、モーセは約束の地を見ることはできるが、入ることはできないということになってしまいました。でも、この時にモーセは120歳でした。もう十分な時を過ごすことができたといえるでしょう。

・15~23、モーセの後継者ヨシュアの任命

 モーセは神にいいます。「主よ、すべて肉なるものに霊を与える神よ、どうかこの共同体を指揮する人を任命してください。主の共同体を飼う者のない羊の群れのようにしないでください。」と。モーセは神によって、自分の死をいわれました。そのために、イスラエルの人々の今後を心配して、指揮する人を任命してくださいといいます。そして、神はモーセに「霊に満たされている人、ヌンの子ヨシュアを選んで、手を彼の上に置き、祭司エルアザルと共同体全体の前に立たせて、彼らの目の前で、職に任じなさい」といい、モーセはその通りに行いました。ヨシュアの活躍は、モーセの死後になります。ヨシュア記からです。 

出エジプトから指導者であったモーセ、80歳を過ぎてから120歳のまでの苦難の40年間でした。荒れ野の40年と重なっていきます。それはイスラエルの人々にとって、苦難の時代でありますが、苦難からの解放、新しい旅立ちを意味していました。イスラエルの人々にとって、毎年春には過越祭が行われます。この時には、神がイスラエルの人々をエジプトから解放してくださったこと、自分たちが神に選ばれた民であることを自覚することになりました。この過越祭を祝うことによって、神はいつも自分たちと共にいて、守ってくださり、救ってくださるという強い確信を持つことができているのです。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。コヘレトの言葉3:1「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」とあります。モーセの働きも大変なものでしたが、今やその働きを終える時が近づいています。その人その人には、与えられた時があります。その時を、私たちは大切にしていきたいと思います。時は限られています。二度と戻ってこない時です。今を大切にしていきたいと願います。この願いを、イエス様のお名前によって、祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                          」アーメン。

共に祈ってくださり。ありがとうございます。(横山厚志)

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