祈祷会 サムエル記下12:1~15「その男はあなただ」 2026.4.22
ダビデは、イスラエルの王として絶頂期を迎えていました。ユダとイスラエルの王となり、エルサレムをつくり、王宮に住み、神の箱を置きました。周辺の民族との戦争は続いていましたが、いつも勝利をしていたのです。そのような時に、ダビデは大きな罪を犯してしまうことになります。この罪が後のダビデの人生を辛いものと変えてしまうことになるのです。
イスラエルはアンモン人との戦いにありました。ヨアブをはじめイスラエル軍全体は、戦いに出ていたのです。ダビデはエルサレムに残っていました。エルサレムの王宮にいたダビデは、家来であるウリヤの妻と深い関係を持つことになってしまいました。ウリヤの妻バト・シェバは、ダビデの子を妊娠してしまったのです。ダビデは自分の罪を最初、隠そうとしました。夫であるウリヤを戦場からエルサレムに戻し、家に帰し妻と関係を持つことによって、ダビデの子をウリヤの子をしようとしました。しかし、ウリヤは家に帰ろうとしません。ダビデがウリヤに、なぜ家に帰って妻と過ごすことをしないのかと聞きますと、ヨアブをはじめ仲間は野営しながらアンモン人と戦っている、そのような状況の時に、自分だけ家に帰って妻と過ごすことはできないということでした。ダビデは、自分の罪を隠そうとしたことは失敗しました。
次に、ダビデがしたことはウリヤを戦場に戻し、戦いで戦死させることでした。ダビデはウリヤを戦場に戻します。その時に、ヨアブ宛の手紙をウリヤに持たせます。その手紙の中には「ウリヤを激しい戦いの最前線に出し、彼を残して退却し、戦死させよ」というものでした。手紙を受け取ったヨアブは、その手紙の中身を実践し、ウリヤは戦死してしまったのです。妻バト・シェバは、夫が戦死したことを知って悲しみました。喪が明けてから、ダビデはバト・シェバを王宮に招き、妻としたのです。ダビデはイスラエルの王として全体的な力を持っていました。自分の思うままに、家来であるウリヤの妻を奪い取ったのです。しかし、ダビデのしたことは神の御心に適わなかったのです。
そして、12章に入ります。神は預言者ナタンをダビデのもとに遣わされたのです。ナタンはダビデに次のような話をします。「2人の男がいました。1人は豊かで、1人は貧しかったのです。豊かな男は非常に多くの羊や牛を持っていました。貧しい男は自分で買った1匹の雌の小羊しかいませんでした。彼はその小羊を養い育て、息子たちと一緒にいて、彼の皿から食べ、彼の椀から飲み、彼のふところで眠り、彼にとっては娘のようだったのです。ある日に、豊かな男に1人の客がありました。豊かな男はその客をもてなすのに、自分の羊や牛を惜しみ、貧しい男の小羊を取り上げて、振舞ってしまいました」と。
ダビデはその男に激怒し、ナタンに「神は生きておられる。そのようなことをした男は死罪だ。小羊の償いに4倍の価を払うべきだ。そんな無慈悲なことをしたのだから」と答えます。ナタンはダビデに向かって「その男はあなただ。神はあなたに油を注いでイスラエルの王としました。更にサウルの手から救い出し、ユダとイスラエルの家をあなたに与えた。不足ならば、何であれ加えたであろう。なぜ、神の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。ウリヤをアンモン人の剣で殺したのはあなただ」とはっきりといいます。神はダビデのしたことをすべて見て知っていました。ダビデは、自分のしたことを誰も知らないと思っていたでしょう。しかし、神はすべてのことを見ておられたのです。
更に、ナタンを通して神は「見よ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう。あなたがわたしを侮り、ウリヤの妻を奪って妻としたからだ。わたしはあなたの家の中からあなたに対して悪を働く者を起そう。あなたの目の前で妻たちを取り上げ、あなたの隣人に与える。彼はこの太陽の下で、あなたの妻たちと床を共にするだろう。あなたは隠れて行ったが、わたしはこれを全イスラエルの前に、太陽の下で行う」といいます。
神はダビデに対して、預言者ナタンを送って、ダビデの行った罪をすべて明らかにしています。さて、ダビデはどう答えたでしょうか。ダビデはナタンに「わたしは神に罪を犯しました」と答えます。ダビデは自分の罪を素直に認めています。これは簡単なことではないと思います。かつて、サウルが罪を犯した時に、素直に答えることはできませんでした。そのサウルに対して、ダビデはすぐに罪を認めているのです。もちろん、人は罪を犯さないようにすることは大切なことです。しかし、人は弱いのです。罪を犯してしまうのです。その罪に対して、自分自身でどう向き合うことができるかが大切なのです。かつて、神はサムエルに「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしはサウルを退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」といって、ダビデを選びました。(ササムエル記上16:7)ダビデは王でありながらも、神の前に素直に自分の罪を認めているのです。
ナタンはダビデに「神はあなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。しかし、このようなことをして神を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ」と神の言葉を伝えます。神はウリヤの妻が産んだダビデの子を打たれ、その子は弱くなっていくのです。ダビデが罪を認めたことで、神はダビデの罪を赦すといいながら、ダビデとバト・シェバの子は死んでいくのです。ダビデは今後、多くの苦しみを味わうことになっていきます。私たちはダビデの行動とその受け止めをどのように考えたらいいのでしょうか。
祈り 神よ。聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデの犯した罪、そして神の裁き、ダビデの受け止め、いろいろなことを考えることになりました。私たちの人生の中で、多くの罪を犯していきますが、どのように受け止めていけばいいのでしょうか。あなたの導きを求めます。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


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