祈祷会 サムエル記下14:18~33「ダビデの冷たい口づけ」 2026.6.3
ダビデはユダとイスラエルの王として強い力を持つようになりました。エルサレムを定め、王宮を建て住み、神の箱を置きました。周辺の敵との戦いは続いていましたが。ダビデ王朝は堅固なものとなっていたのです。ダビデの人生において順調な時に、落とし穴がありました。罪を犯してしまうのです。家来であるウリヤの妻を自分のものとしてしまうのです。そのためにウリヤを非常な手段で殺してしまいました。そのことは神を怒らせたのです。神はダビデのもとに預言者ナタンを遣わして、すべての罪を指摘します。その時に、剣はダビデの家から離れないこととダビデの家の中からダビデに対して悪を働く者を起すということを告げます。それは実際に起って来ます。
ダビデの子であるアムノンは、同じアブサロムの妹タマルを愛するようになりました。その思いが強すぎてタマルを自分の部屋に招き入れて辱めてしまうのです。タマルが辱められたことを知ったアブサロムはアムノンを憎悪します。それを知ったダビデは激しく怒るのですが、それ以上は何もしませんでした。3年後にアブサロムはアムノンを羊の毛を刈る祝いの席に招き、酒に酔って上機嫌の時に、殺してしまいます。アブサロムはゲシュルに逃げます。3年間、そこに留まります。
その3年後、アムノンの死を諦めたダビデの心はアブサロムを求めていたとあります。いったいどのような心だったのでしょうか。そのダビデの心を受け取ったヨアブはテコアから1人の知恵のある女性を呼んで、行動します。ダビデがアブサロムをエルサレムに戻すように仕掛けるのです。テコアの女性はダビデのもとに行き話を始めます。自分はやもめであること、夫はすでに亡くなっていること、自分には2人の息子がいたが、畑でいさかいを起し、1人が1人を殺してしまったこと、その上、一族の者が、兄弟殺しを引き渡せ、殺した兄弟の命の償いとして彼を殺し、跡継ぎを絶とうという。テコアの女性はダビデに、兄弟殺しである息子を助けて欲しいと訴えています。ダビデがあなたの息子は助かるというと、女性はダビデに向かって、あなたのいったことはあなた自身が責められることになります。追放されたアブサロムを許し、エルサレムに戻していないと批判するのです。それが、ヨアブの作戦でした。ダビデは、ヨアブの作戦を見破っていました。そして、アブサロムをエルサレムに帰還することを許すのです。
しかし、ダビデはヨアブに、アブサロムがエルサレムに帰還する時に、自分の家に向かわせるように。わたしの前に出てはならない」と命じています。アブサロムは自分の家に向かい、ダビデの前には出ることができませんでした。ダビデはアブサロムを許していません。ヨアブの行動から、アブサロムがゲシュルからエルサレムに帰ることを許しましたが、自分と会うことは許さなかったのです。ダビデは王として、兄弟を殺した者を許すことはできませんでした。一方で、父としては許してあげたい気持ちがあったのでしょう。そのことは後で分かって来ます。エルサレムに戻ったアブサロム、それでもダビデ王と会うことはできないことに不満がたまっていくのです。
ここで、アブサロムがイスラエルの中で、その美しさをたたえられた男はなかったと書いています。足の裏から頭のてっぺんまでも非のうちどころがなかったというのです。毎年の終りに髪を刈ることにしていたとあります。それは髪が重くなりすぎるからでした。アブサロムには3人の息子と1人の娘が生まれました。娘はタマルといいます。タマルは大変美しかったとあります。アブサロムは自分の妹タマルへの思いがあって、そのようなことをしたのでしょうか。
アブサロムはエルサレムで2年間過ごしましたが、ダビデ王の前に出られなかったのです。アブサロムはヨアブに人をやって、ダビデ王との面会を頼もうとしましたが来ませんでした。2度目の使いにも来ようとしなかったのです。ヨアブにすれば、エルサレムにアブサロムを戻すことが目的だったようです。しかし、アブサロムにすれば、エルサレムに戻ってもダビデ王と会うことができないことは辛いことでした。そこで、アブサロムは強硬な手段を用います。アブサロムは部下に命じて、ヨアブの地所の大麦の畑があるところに火を放たせます。その場所は、アブサロムの地所の隣にありました。ヨアブは立って、アブサロムの家にやって来て、「あなたの部下が私の地所に火を放つとは何事ですか」というと、アブサロムは「私はお前に来てもらおうと思って使いをやった。何のために私はゲシュルから帰って来たのでしょうか。これではゲシュルにいた方がましです。ダビデ王に会いたい。私に罪があるなら、死刑にするがよい」と訴えます。ヨアブはダビデ王のもとに行って、そのことを報告します。ダビデ王はアブサロムを呼び寄せ、アブサロムは王の前に出て、ひれ伏して礼をしました。ダビデ王はアブサロムに口づけするのです。
ダビデとアブサロムの間には目に見えない壁があるようです。ダビデはアブサロムに本当に会いたかったのでしょうか。ダビデはアブサロムの罪を赦していたのでしょうか。アブサロムは自分のアムノン殺害の罪を悔い改めていたのでしょうか。アブサロムにすれば、妹タマルを辱めたアムノンに対して、ダビデが何もしなかったこと、アブサロムがその後にゲシュルに逃げたこと、それに対しても何も行動しなかったこと。それらが重なってアブサロムにはダビデに対する不信感が強く湧いて来たのでしょう。それが、15章からのダビデに対する反乱に結びついていくのです。ダビデ対アブサロムは、ユダ対イスラエルの戦いに発展していくのです。イスラエルは内戦状態になっていきます。人間とは何か、ダビデから学ぶことができるのでしょう。
祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデがその子アブサロムとの再会、そして口づけの場面を見てきました。親子でありながら、複雑な関係の中にあり、その後、命をかけて戦うことに発展していくことになります。人間の罪の悲しさを深く味わうことになります。ダビデの行動を通して、人間の罪を知り、そのことを神とどのように向き合うのかを示してください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


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