8月5日の祈祷会の内容です。

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祈祷会    サムエル記下19:16~31「ダビデ契約から考える」  2026.8.5

 サムエル記下には、大切な考えがあります。それはダビデ契約です。以前に、イスラエルの人々はモーセを通してシナイ契約を結んでいました。それは、神の民として生きるイスラエルの人々は、何よりも神の教えを守ることが求められていました。神の教えを守ることによって、神からの祝福を受けることができます。一方で、神の教えを守らないことは、神からの呪いを受けることになります。しかし、ダビデ契約は、シナイ契約とは全く違うものです。

サムエル記下7:12~16(ダビデ契約)より

あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。わたしは慈しみを彼から取り去りはしない。あなたの前から退けたサウルから慈しみを取り去ったが、そのようなことはしない。あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」

 このダビデ契約は、ダビデとその子孫に対して永遠の契約を結ぶというのです。その内容は、彼らがどのような罪を犯しても(鞭を持って懲らしめることはありますが)赦し、神の祝福は永遠に変わることなく続いていくということです。そのダビデ契約の流れから、イエス・キリストの救いとつながっていくのです。

 ダビデとその子アブサロムの戦いがありました。アブサロムがエルサレムに入ろうとする時に、ダビデはエルサレムから逃げて行くのです。メフィボシェトの従者ツィバがダビデを迎えています。彼がダビデに様々な食糧を届けています。この時にダビデがツィバにメフィボシェトはどうしているかと聞いた時に、「エルサレムに留まっています。そして、イスラエルの家は今日、父サウルの王座をわたしに返す」といっていました。つまり、新しい王となったと告げています。それを聞いたダビデが確認もせずに、メフィボシェトに属する物はすべてお前のものにしてもいいと告げています。(サムエル記下16:1~4)次に、サウル家のシムイが出て来て、ダビデと家来たちに呪いながら、石を投げつけています。この時のダビデは、勝手にさせておけ。主の御命令で呪っているのだと受け止めています。(サムエル記下16:5~12)

 この後に、ダビデ軍とアブサロム軍が戦い、ダビデ軍の勝利、アブサロムの戦死という形で終りを迎えました。ダビデは自分の軍に、「敵の将であるアブサロムを助けてくれ」と無茶な命令を出していました。自分の軍の勝利を祝うのではなく、自分の子アブサロムの死を知って、激しく悲しんでいます。「ああ、アブサロム、わが息子よ、わたしはお前に代って死ねばよかった」とさえいっているのです。それを、将軍ヨアブに非難されています。ヨアブは「あなたを憎む者を愛し、あなたを愛する者を憎まれるのですか。アブサロムが生きて、我々全員が死んでいたら、あなたの目には正しいと映ったのでしょう」といっています。続けて「とにかく立って外に出、家臣の心に語りかけてください」といって、ダビデを𠮟り、ダビデが王でいられることを助けているのです。

 ダビデは心の中ではアブサロムの死を悲しみ、表面では、自分の兵士たちに感謝しているのです。敗北したイスラエルの諸部族たちは、アブサロムは死んでしまったので、ダビデに王としてエルサレムに戻ってもらおうと動きます。その動きを知ったダビデは、ユダ族に、すぐに、行動して、イスラエルの人々より先に、自分をエルサレムに連れ戻してくれと動きます。ユダ族はダビデのいう通りに行動して行きます。

 そして、今日の聖書の箇所です。ダビデはエルサレムに戻ろうとして、ヨルダン川の所までやって来ます。まず、シムイが来て、ダビデの前でひれ伏し、「どうか、かつての自分の罪を忘れてください」と願っています。自分の犯した罪をよく知っているだから、誰よりも先に、ダビデをお迎えに来たといっています。ダビデはシムイに「お前を死刑にすることない」といって許していきます。

 更に、サウルの孫メフィボシェトもダビデを迎えに来ました。メフィボシェトはダビデがエルサレムから離れた日から無事に帰る日まで、足を洗わず、ひげもそらず、衣服も洗いませんでした。メフィボシェトがダビデを迎えに来る時に、「どうして、あなたはわたしと一緒に従って来なかったのか」と問うと、メフィボシェトは「ツィバに欺かれた。私は足が不自由で、ろばに鞍を置き、それに乗って、ダビデに従って行こうと考えていた」と答えます。ダビデはメフィボシェトに「お前とツィバで地所を分け合いなさい」命じます。メフィボシェトは「ダビデが無事に王宮に帰ることができたから、すべてツィバのものとなっても構いません」と答えています。ダビデのメフィボシェトに対する対応は、不十分なものと考えます。

 ダビデが王であることは、アブサロムのことでもう無理だとさえ思ってしまいました。しかし、王であり続けることができるのです。ヨアブの助けがあり、(ダビデはヨアブが嫌いなのでしょう。アブサロム軍の将軍だったアマサを自分の軍の司令官に任じています)、自分の努力もあって、ダビデ王としての歩みは続いて行きます。その理由は、最初に書いたダビデ契約によるのです。神は特別にダビデを愛しているのです。神のダビデに対する特別な対応を、私たちはどのように受け止めることができるでしょうか。神の御心を知る喜びがそこにはあります。

祈り 神よ。聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。ダビデ契約とダビデの歩みを見てきました。ダビデはいろいろな失敗をしていきます。それでも、周りの人々に助けられて、神に守られて歩むことができています。ダビデの歩みを通して、神の救いをみることができますように、この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                             」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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