8月19日の祈祷会の内容です。

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祈祷会    サムエル記下20章「エルサレムに戻ったダビデ」   2026.8.19

 ダビデは息子アブサロムとの戦いを終えて、エルサレムに戻って来ました。ダビデがマナハイムに逃げていて、エルサレムに戻る時に、ユダ族とイスラエルの他の部族との争いがありました。そこで、ベニヤミン族でシェバという名のならず者がいました。シェバは角笛を吹き鳴らして「我々はダビデと分かち合うものはない。イスラエルよ、自分の天幕に帰れ」といいました。イスラエルの人々はダビデを離れて、シェバに従いました。しかし、ユダの人々はダビデに従うのです。ここでもユダとイスラエルの対立が背後にありました。

 ダビデがエルサレムの王宮に戻ると、家を守るために残した10人の側女を集め、監視付きの家に入れました。ダビデは側女たちの面倒は見ましたが、彼女たちのところに入ることはありませんでした。前に、アブサロムが彼女たちのところに入ったからです。彼女たちは死ぬまで閉じ込められ、やもめのような生涯を送りました。かわいそうな人生でした。

 ダビデは自分の軍の司令官をヨアブからアマサに代えていました。ダビデはアマサに「ユダの人々を3日以内に動員してここに来なさい」と命じました。アマサはユダの人々を動員するために出て行きましたが、3日のうちに戻らなかったのです。ダビデはヨアブの弟アブシャイに「我々にとってシェバはアブサロム以上に危険だ。シェバを監視して追跡しなさい」と命じます。アビシャイのもとでヨアブの兵、クレタ人とペレティ人、勇士の全員が従って、エルサレムを出発しシェバを追跡しました。

 アビシャイたちがギブオンの大石のところにさしかかった時、アマサが現れました。ヨアブはアマサに「兄弟、無事か」と声を掛け、口づけしようと右手でアマサのひげをつかみ、ヨアブは剣でアマサの下腹を突き刺しました。アマサは死にました。アマサを道から畑に移し、その上に衣をかけました。兵はヨアブの後を続いてシェバを追跡します。

 シェバはイスラエルの全部族を通って行ってアベルまで来ていました。選び抜かれた兵がシェバに従います。ヨアブに従う兵士全員がアベルに到着しました。シェバを包囲し、町に向けて外壁の高さほどの塁を築き、城壁を壊そうとしました。そこに知恵のある女性が町から呼ばわって「聞いてください。聞いてください。ここに近寄ってください。申し上げたいことがあります。ヨアブ様に伝えてください」といいます。ヨアブが近寄るとその女性は「あなたがヨアブ様ですか」と聞きますと、ヨアブは「そうだ」と答えます。その女性は「はしための言葉を聞いてください」といいますと、ヨアブは「聞こう」と答えます。すると、その女性は「わたしはイスラエルの中で平和を望む忠実な者の1人です。あなたはイスラエルの母なる町を滅ぼそうとしておられます。何故、あなたは主の嗣業を吞み尽くそうとなさるのですか」と聞きます。

 ヨアブは「決してそのようなことはしない。呑み尽くしたり、滅ぼしたりすることなど考えていない。シェバがダビデ王に向かって手を挙げたのだ。その男1人を渡してくれれば、この町から引き揚げよう」と答えます。その女性はヨアブに「その男の首を城壁の上からあなたのもとに投げ落とします」といいます。

 その女性は知恵を用いて、イスラエルのすべての民のもとに行き、シェバの首を切り落させ、ヨアブに向けて投げ落としました。ヨアブは角笛を吹き鳴らし、兵はこの町からそれぞれの天幕に帰って行きました。ヨアブはエルサレムのダビデのもとに戻って行きました。

 次に、ダビデの家臣たちの記録が書かれてあります。ヨアブはイスラエル全軍の司令官に戻りました。ヨヤダの子ベナヤはクレタ人とペレティ人の監督官、アドラムは労役の監督官、ヨシャファトは補佐官、シェワは書記官、ツァドクとアビアタルは祭司、ヤイル人イラもダビデの祭司となっています。

 ダビデはヨアブが嫌いだったと思います。かつて、ダビデ家とサウル家の争いの中で、サウル家の将軍アブネルがダビデに和解を申し出て、それをダビデは引き受けて、アブネルを自分の軍の将軍とするといいました。結果的にアブネルはヨアブに殺されてしまいました。ダビデとアブサロムの争いの時に、ダビデが自分の軍の兵たちに「アブサロムを守ってくれ」といったことに対して、ヨアブはダビデのいったことを無視してアブサロムを殺してしまいました。次に、アブサロム軍の司令官だったアマサをダビデは自分の軍の司令官にするというヨアブを無視した行動をしました。そのアマサは、ダビデの命令を守ることをせず、ヨアブに殺されてしまいました。今日の箇所で、シェバの反逆の時に、活躍したのはヨアブでした。ダビデが嫌いだったヨアブが、結果的に、ダビデを助ける大きな役割をしているのです。ダビデはそのヨアブの働きを見ることはできないのでしょうか。ダビデは多くの失敗をしています。それでも、ダビデを助ける人が現れて、王であり続けることができています。これは、神の守りがダビデにあるからです。

 失敗しているダビデに、神の守りがあるように、私たちの歩みをいろいろなことが起ります。神の守りが私たち1人1人の上にありますようにと願うのです。

祈り 神よ。聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデの歩みを見てきました。ダビデは、王でありながらも、多くの失敗をしています。それでも、ダビデを守る人々が現れてダビデを助けているのです。ダビデの背後には、神の保護と導きと守りがあるからです。私たちの歩みにも神の守りがありますようにと心から願います。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                               」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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