5月25日の礼拝の内容です。讃美歌は、6.339.475.510.26です。
礼拝説教 エレミヤ1:1~5「神の言葉を語るために」(小椋実央牧師) 2025.5.25
5月の最後の主日を迎えました。思いのほか寒い日があったり、暑い日があったり、季節の移り変わりに乗り遅れてしまって、どことなく体調がすぐれない、という方が多いかもしれません。気づけば新年度が2か月を過ぎ、3か月目に突入しようとしています。教会の暦は復活節から、今週の木曜日が昇天日、イエスさまが天に昇られた日を迎えて、6月8日がペンテコステ、聖霊降臨日となります。聖霊降臨日を迎えますと、週報の上に書いてあります「復活節第〇主日」というのが「聖霊降臨節第〇主日」という名前に代わって、この聖霊降臨節という時期が長く続きます。どれぐらい長いかと言うと、クリスマス前のアドベントの時期まで、聖霊降臨節という名前で呼ばれます。アドベントから始まってクリスマス、レント、イースター、そしてペンテコステと続いていきますけれども、イエスさまの誕生、宣教活動、十字架にかけられて復活される、というイエスさまのご生涯を1年の教会の暦でも同じようにたどっていくことになります。そしてペンコステ以降次のアドベントまではイエスさまのご生涯に対して教会の時、伝道の時という位置づけになっていて、教会でも伝道集会があったり、教会暦には左右されない、教会独自の色々な行事が行われる時期でもあります。この時期にしか教会は伝道をしないというわけではありませんけれども、私たちの教会の歩みが、なんとなく1年を歩んでいるのではなくて、聖霊を受けた私たちがいよいよ伝道へと送り出されていく、そのような教会の暦の中を生かされていることを心にとめたいと思います。
昨年、といっても正味10回程度ですけれども、月の終わりに私が説教を担当させていただく時には、預言者エリヤの生涯に耳を傾けてきました。その時から、つまりエリヤの物語に紐解きながら、エリヤの次はエレミヤをやらなければいけない、とひそかに自分にプレッシャーをかけてきました。
ひとつには説教を準備する時に私が参考にしている本がエリヤとエレミヤがセットになっている。エリヤに手を出してしまったら、その流れでエレミヤも避けて通ることはできないような重圧を感じていました。もうひとつには、三大預言者、もしくは三大預言書と言った時にあげられるのがイザヤ、エレミヤ、エゼキエルです。この三大預言者の中にエリヤが含まれていないのは非常に分かりやすい理由で、エリヤ自身の名前がついた預言書が残されていない、ということでエリヤは三大預言者の中には含まれていません。またエリヤは活躍した時代も少し早くて、ほとんどの預言者がもう少し後の時代に南ユダの預言者であるのに対して、エリヤは北イスラエルで活躍した預言者であることもまた、三大預言者に含まれない理由かもしれません。
しかし新約聖書、特に福音書に出てくる預言者といえば圧倒的にイザヤとエリヤが多い。イエスさまの山上の変貌でも出てくるのはモーセとエリヤですから、エリヤは三大預言者には入っていないけれどもやはりエリヤは避けて通ることができない。ということで昨年はご一緒にエリヤを読ませていただきました。その時にも同じような言い訳をしていたかと思うのですが、イザヤは単独で取り上げることが多い書物です。「ひとりのみどりごがうまれた」の箇所はクリスマスやアドベントに読まれることもあります。「慰めよ、わが民を慰めよ。」はヘンデルのメサイアの冒頭の歌にもなっています。「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。」も大変有名な箇所で、NYにある国連本部にもこの言葉が刻まれています。このように有名な箇所をあげればきりがないのですが、イザヤはたびたび説教箇所に選ばれることもあるので、昨年はあえて預言者としてイザヤを選ぶということはせずに、エリヤをとりあげました。ということで昨年はエリヤ、今年はエレミヤを読むという流れになっています。それなら来年はエゼキエルか、と言われると、そろそろ預言者シリーズは卒業したいような気もしますので、来年のことはまたおいおい考えることにして、今年はエレミヤ書、とうてい全部を読むことは無理だと思うので、少しずつ大切なところを取り出しながら、エレミヤを読み進めていきたいと思います。今回準備をして初めて知ったことなんですけれども、エレミヤ書は年代順には記されていないそうなので、もしかすると順番を入れ替えて読む、ということもあるかもしれません。昨年に続いておぼつかない旅になるかもしれませんが、旧約聖書の預言者の後をたどる旅をみなさんと楽しむことができればと思っています。
すでに教会生活を送っておられる方は聖書の目次の中にエレミヤ書というものがありますし、エレミヤという名前にはすでに馴染みがあると思います。もし知らなくとも今日知っていただければいいので、エレミヤという名前を知っている、或いは今日その名前を知った、というところを私たちの預言者の旅、第二弾のスタート地点にしたいと思います。そしてもう少し聖書に精通しておられる方は、エレミヤには「涙の預言者」という別名がつけられていることをご存じかもしれません。非常に困難な状況に立たされながら神の言葉を取り次いだことから「涙の預言者」などというニックネームがつけられていますが、考えてみればどの時代においても、厳しい神の現実を語ることによって人々からは敬遠され、糾弾されるのが常でありましたので、平和に安穏と過ごした預言者、左団扇で生涯を終えたなどという預言者は一人もいません。ですから、「涙の預言者」という別名が他の預言者にはないエレミヤらしさをあらわしているか、というとあまりそうとは言えない。涙の預言者などと言うと、他の預言者が楽をしていたかのような、何か失礼な感じもしますので、この呼び名だけではエレミヤの人となりは知ることができません。ただ、ものすごく苦労をした人、という印象はお分かりいただけるかと思います。
エレミヤが何故そんなに苦労をしたのかと言えば、バビロン捕囚、国が滅ぼされて遠いバビロンの地に連れ去られるという異常な状況の中で語らざるを得なかった。国が滅びていく有様目の前にして、現実に目の前で王が殺されて、略奪されていく。物も人も奪われていく。そしてそこで終わりではなくて、エレミヤ自身も拘束されながら、先に囚われているバビロンに連れ去られた人達にはげましの言葉を語り続けます。エレミヤ自身はバビロン捕囚の終わりを知ることなく先に召されていきますけれども、残りの人々はエレミヤに励まされた言葉を手掛かりに、もう一度国を立て直していきます。草が枯れ、花がしぼむようにエレミヤの生涯は終わっていきますけれども、エレミヤが残した神の言葉が礎となって、バビロン捕囚後の国が建設されていきます。そのような困難な時代に活躍した預言者の一人がエレミヤです。他の預言者にはないエレミヤらしさは何か、と言えば、イエスさまとの共通点が多い、ということが挙げられるかもしれません。エレミヤの生涯をたどっていくと、どことなくイエスさまのご生涯と重なってくるところがある。まず、エレミヤは南王国の預言者ですが、この時はすでにアッシリアの支配下にあって、イスラエルという民族性を保ちながらもアッシリアの影響を強く受けていました。具体的にはアッシリアに税金を納め、アッシリアの宗教が持ち込まれていました。このことはイエスさまの時代に、律法に固く立つ厳格な律法主義がありながら、同時にローマ帝国の支配を受けてユダヤ教と異教との板挟みになっていた時代とよく似ています。また、母の胎内に生まれる前から預言者として立てられていた、ということも生まれる前から救い主としてのご生涯が始まっていたイエスさまと共通点があるかもしれません。そして何よりも、預言者として語るだけではなくて、自らも民衆の中に身を置いて、ともにバビロンに連れ去られるのですけれども、これもまた人々と共にそのご生涯を歩まれたイエスさまの姿と重なります。自分だけが遠いところから、安全な場所から有難いお言葉を語るのではなくて、人々と生活を共にして、喜びも悲しみも共にかち合いながら、はげましの言葉を語るところもまた、イエスさまと共通しているかもしれません。そしてエレミヤ自身は神の言葉を語るがゆえに囚われて、苦しみを受け、牢獄の中からも語るのですけれども、この姿の中にもやはりイエスさまの姿を見出すことができます。ですから、他の預言者にはなくて、エレミヤらしい何かと言えば、イエスさまとの共通点が多い。エレミヤの中に、やがて来る救い主のお姿を見出すことができる、ということがあげられます。
本日はエレミヤ書のさわりの部分、エレミヤの生い立ちの部分に触れてみたいと思います。はじめは1節から3節まで、その時代背景だけで終わりにしようかと思っていたのですが、これだけでは少し味気ないかとも思いましたので、5節まで、エレミヤの召命、預言者として選ばれるその一部分までお読みしました。まず1節に記されているのは、エレミヤが祭司の子供、祭司の家系に生まれ育ったということです。ただ、エレミヤ自身が祭司としての務めをした、祭司になった、という記述はありません。本日お読みした箇所ではないのですが、6節のところに「わたしは若者にすぎませんから」という言葉がありますけれども、エレミヤは20歳ぐらいの時に預言者として活動を始めたようです。民数記によりますと、祭司の務めは30歳から始めることになっていたようですので、もしかしたら祭司になる準備をしていたけれども、その前に預言者としての活動を始めることになったのかもしれません。続けて、2節にはヨシヤ王の時代に預言者として召されて、ゼデキヤ王まで仕えたということが記されています。途中が省略されていますが5人の王さまの時代に預言者として働いた。そしてバビロン捕囚を迎えたとあります。このことは、エレミヤがとても長く預言者として活動した、ということをあらわしています。おそらく40年ぐらいだったのではないか。短いのは悪くて長いほうがいいというわけではありませんが、長く預言者として働いた、ということもエレミヤの特徴のひとつかもしれません。そのことは長いがゆえの困難さもありました。
具体的には、最初のヨシヤ王の時には宗教改革があって、預言者として活動するには比較的良い環境だったのですけれども、その後は一転して異教崇拝、偶像崇拝の時代へと戻っていくのです。ヨシヤ王の宗教改革を知っていながら、その記憶が新しいにも関わらず、堕落していく人々に悔い改めの言葉を語らなければならなかった。また、ヨシヤ王はエレミヤを優遇しましたが、その息子たちは一転してエレミヤをないがしろにしました。王が変わっても、政策が変わっても、ヨシヤ王に仕えていた時と同じように仕え続けるというのは、とても骨が折れることだったのではないかと思われます。40年預言者として活躍をするエレミヤがまだ20歳の頃、エレミヤの召命と呼ばれる出来事が起こりました。神がエレミヤを預言者として立てる、そういう場面です。「わたしはあなたを母の胎内に宿る前からあなたを知っていた。母の胎から生まれる前にわたしはあなたを聖別し諸国民の預言者として立てた。」神はエレミヤが生まれる前から、生まれるどころか、母親の胎内に命を宿す前から、預言者として選ばれていた、という箇所です。エレミヤにしてみればそんなこと聞いてないよ、という話ですけれども、神さまのほうはそれだけ用意周到に準備をしてこられた。
私たちも日々なんとなく、気が付いたら母親から産み落とされて、それぞれの環境で育てられて、学校に行き、ある者は仕事をし、ある者は家庭を持ち、いつの間にか今の環境を築き上げたような気がしていますけれども、そうではない。神様がすべてを整えて、すべてに立ち入ってくださって、ここまで導いてくださった。そのことはエレミヤに限った話ではなくて、私たちも一人一人も全く同じことなのです。違うのは数千年前に預言者として召しだされているのか、この2025年という時に現代の別の働きに召しだされているのかという違いであって、根本はたいして違わないのです。この中の誰かがエレミヤと同じような生涯を歩むことになる可能性はないとは言えないのです。注目したいのは聖別という言葉です。聖別、というと何やらとても宗教がかったような、儀式めいた響きがありますけれども、聖別という言葉そのものには罪がない、とか、清らか、というような意味はありません。単純に「区別をする」「とりわける」という意味です。印刷物を保存するものと処分するものに区別をする、野菜を洗って傷んでいる部分と食べられる部分を区別する、というどちらかというと単純な作業を意味しています。聖別、という言葉ですぐに思い出すのは安息日です。神さまが天地を創造された時に、7日目はお休みになって、安息日として、この日を聖別された。また、出エジプトの中で十戒を授かる場面が出てきますが、そこでも安息日を聖別しなさい、という文言が出てきます。聖別という言葉は安息日とセットになっている、と覚えるといいかもしれません。
先ほども申し上げたように、聖別には罪とか、あまり宗教的な意味合いよりも区別をする、取り分けるという意味合いのほうが強い。神さまはエレミヤをあらかじめ預言者としてとりわけておいた、というのです。預言者だからいい家庭に生まれるようにした、とか、預言者になるからちょっと頭のいい子に産まれるようにした、というのではなくて、あなたのことを預言者として取り分けておいた、切り分けておいた、というのは聖別という意味です。預言者だからと言って、他の人にはない特別な才能が与えられているわけではない。同じように人の子として生まれるのです。ただ生まれる前から神さまに、この子はやがて預言者になるのだ、と区別をされていた。特別に優遇はされないけど、区別をされてきた、というのです。エレミヤは自分が聖別されてきたことをこれまで知らずに、20歳になって初めて知らされるのです。彼はいろいろと葛藤をして、はじめは尻込みするのですけれども、「わたしがあなたと共にいる」という神の言葉を頼りにして預言者としての道を歩み始めます。そのことは、私たちが神さまから特別の選びを頂いていながらも、しかし私たちがなんら優れているというわけではなくて、神さまの一方的な選びであって、しかしそのことを信頼して、むしろそのことだけに信頼して歩む信仰生活とエレミヤの生涯は重なっていくものがあるかもしれません。母の胎内にいる時から、いや、その前から聖別され、預言者として歩んだエレミヤの姿に、私たちもまた自分たちの姿を重ねあわせながら、エレミヤの言葉に耳を傾けていきたいと思います。
先週の火曜日から水曜日にかけて、名古屋中央教会を会場として中部教区総会が開かれました。私たちが属している中部教区は104の教会と伝道所があって、それぞれの教会から牧師と信徒あわせて2名、あるいは3名、4名の議員を送り出して総会が開かれます。正確な数は数えていないのですが、私の議員番号が300番台でしたので、300人以上は集まっていたのではないか。先日の私たちの瀬戸永泉教会の総会が30名弱の出席者でしたので、10倍ぐらいの人数が集まって同じようなことをした、というわけです。私たちの瀬戸永泉教会の教会総会でも昨年度の報告があり、続いて今年度の計画といったものが話し合われるのですが、教区総会でも似たような流れになります。昨年の報告を聞いて、続いて今年度の計画について話し合われました。その中で今年度、2025年度の計画、正しくは「宣教実施目標案」と大層な名前がついているのですけれども、その冒頭にあげられているのが「礼拝の質を高める」という一文でした。正確には「各教会・伝道所の礼拝の質を高める」というものでした。家に帰ってから別の年度の教区総会の議案書を開いてみましたら、やはり同じ文面がありましたので、おそらく毎年同じことがあげられているのでしょうけれども、何故か今年はこの文言が目にとまりました。
教区総会が終わって、横山牧師と小玉長老と昼食をいただきながら「礼拝の質を高めるって一体何をしたら質が高くなるんだろうね。」と話題になりました。すぐに思いましたのは、きちんと聖書の学びをして説教を充実したものにしないといけない、ということ。同時に私と小玉長老は奏楽者でもあるので、もっとオルガンの練習もしないといけないということかな、と思いました。しかし、そのような聖書の知識とか技術的なことだけではない。技術を向上させることは勿論大事ですけれども、もっと大事な何かが「礼拝の質」という単語にこめられているような気がしました。
本日のみ言葉から導かれるならば、礼拝の質を高めるというのは、礼拝を聖別する、日曜日を聖別すると言うことができるかもしれません。教会生活、中でも日曜日の礼拝は私たちの生活にしっかりと組み込まれているのですけれども、同時に日常生活からはきっぱりと切り離してこの世のものとは全く異なるものとして聖別することが礼拝を礼拝たらしめる。礼拝の質を高めることになるのかもしれません。そして同時に私たちもまた、エレミヤと同じように母の胎内に宿る前から神さまによって聖別されて、教会へ導かれ、信仰を告白し、週ごとの礼拝へと招かれている。何よりも私たち自身が神によって聖別されたものであることを知る時、それは同時に創造主なる神を知ることであり、救い主である神をほめたたえることでもあります。2025年度はこのエレミヤ書を少しずつご一緒に読んでまいりたいと思います。私たちがエレミヤと同じように、神によって聖別された存在であること。そしてこの日曜日の礼拝が他の平日とは違う、聖別された日であること。そのことを心に覚えながら、それぞれに与えられた日ごとのつとめへと戻っていきたいと思います。
<祈り>ご在天の父なる神さま。本日より、エレミヤ書を読み始めます。今日は聖別という言葉を、学びました。私たち自身があなたに聖別された存在であることを深く喜び、この日曜日を聖別して、主の日としてしっかりと分かたれて、み旨にかなった礼拝を守ることができるように聖霊をお送りください。主の御名によって祈ります。アーメン
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