10月12日の礼拝の内容です。

green grass field under blue sky 礼拝
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10月12日の礼拝の内容です。讃美歌は、155.458.483.532.24です。

礼拝説教       使徒19:11~20「主イエスの名をあがめる」    2025.10.12

 「私はずっと元気でした。病院に行くこともなかったのです。それが、急に体調を壊し、病院へ行ったら、末期のガンといわれて、ショックでした。それからずっと病院生活でした。そして、この病院にやって来たのです。」私がホスピスで患者さんと話す時に、よくいわれる言葉です。私は週に一度、木曜日の午後に、ホスピスのチャプレンとして働くことを許されています。いつも思うことですが、自分はこのホスピスできちんとした働きができているのだろうかと悩んでいます。どれほどホスピスにいる患者さんや家族の方、スタッフに対して、どれだけの働きができているのかと悩み考えています。このホスピスに入院して来る患者さんには、本当にいろいろな人生があります。同じことは当然にありません。時間が大切といいますか、その時なのです。その時を逃すと、二度と話すことができない場面があります。時には、先週に話した患者さんが、次の週には退院されていたということもあります。

 人が生まれて、生きていく。そして、人生の最後を迎える。死を迎えるということです。誰もが経験することですが、本当に大変なことだと、最近につくづく思うのです。ガンになって、状態がよくなって一時退院という場合もあります。でも、また悪化して戻って来るということもしばしばです。私たちが生きている中で、病気になってしまうこと、それは避けることのできないことです。いつの時代でも、病気との戦いは続いていきます。

 今日、読みました聖書の箇所ですが、パウロの第3回伝道旅行のエフェソでの出来事です。約3年間、パウロはエフェソで伝道していったといわれています。パウロは、エフェソで洗礼者ヨハネの弟子たちと出会いました。そこで、ヨハネの洗礼と主イエスの名による洗礼の違いを教えて、ヨハネの弟子たちはそこで洗礼を受けて、パウロは彼らの上に手を置きますと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言したりしました。完全なキリスト者となることができたのです。

 パウロはその後、ユダヤ人の会堂に入って、3ケ月間、神の国のことについて大胆に論じ、人々を説得しようとしました。しかし、ある者たちは、頑なで信じようとはせず、会衆の前で、パウロの伝道を非難したので、パウロは会堂から離れて、弟子たちも退かせ、ティラノという人の講堂で毎日論じていました。このようなことが2年間続いたのです。アジア州に住む者は、ユダヤ人であれ、ギリシャ人であれ、誰もが主の言葉を聞くようになったのです。

 神は、パウロの手を通して目覚ましい奇跡を行われたのです。パウロが身に着けていた手ぬぐいや前掛けを持って行って病人に当てると、病気は癒され、悪霊どもは出て行くほどでした。この時代に、人々は病気になり、そのために苦しんでいました。いつも時代を越えて、人々は病気と向き合い、生きていく必要があったのです。パウロの身に着けていた手ぬぐいや前掛けが病人に当たると病気は癒されていく、今では考えられないことですが、でも、当時は病気との戦いの中で、このような治療方法があったということです。

 パウロの働きを見ていた人々がいました。各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちです。この時代に、そのような地域を巡り歩く祈祷師たちがいたということですが、この祈祷師たちは、様々な病気や障害とかを祈祷で癒すことをしていたのだと想像します。それだけ必要があったと考えるのです。そのユダヤ人の祈祷師たちが、パウロの行う奇跡を見て、自分たちもできるのではないと考えたのです。各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちは、悪霊に取りつかれている人々に向かって、試みに、主イエスの名を唱えて「パウロが宣べ伝えているイエスによってお前たちに命じる」というのです。特に、ユダヤ人の祭司長スケワという者の7人の息子たちがこのようにしていました。

 すると悪霊は7人の息子たちにいい返します。「イエスのことは知っている。パウロの子ともよく知っている。だが、いったいお前たちには何者だ」と。そして、悪霊に取りつかれている男が、この祈祷師たちに飛びかかって押さえつけ、ひどい目に遭わせたので、彼らは裸にされて、傷つけられ、その家から逃げ出していくのです。この出来事がエフェソに住むユダヤ人やギリシャ人すべてに知れ渡っていき、人々は皆恐れを抱き、主イエスの名は大いにあがめられるようになりました。

 今から2000年以上前の出来事です。当時も現在と同じく、様々な病気やいろいろな苦しみがあって、人々は苦しんでいたのです。その人々の病気や苦しみと向き合う時に、祈祷によって、その重荷を解放することや軽くするために様々な努力がなされていたのでしょう。その一つが祈りでした。きっと様々な祈りがあったのでしょう。この聖書の箇所に出て来る各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たち、彼らの思いは、これは私の勝手な想像ですが、病気や様々な苦しみを負っている人々のその重荷を少しでも軽くしていきたい、癒したいという思いの中での行動だったと思います。祈祷師たちは、どうすればそのような苦しんでいる人々に対して希望を与えることができるのだろうかと日々格闘していったのでしょう。

 パウロの働きを見て、彼は、主イエスの名によって病気を癒している、苦しみを解放していると知り、自分たちにもできるかもしれないと思い、試しで、行動して行ったのです。しかし、効果は逆になってしまいました。ユダヤ人の祈祷師たち、ユダヤ人の祭司長スケワの7人の息子たちは、悪霊に取りつかれている人に向かって、主イエスの名を唱えて、パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じるといったのですが、それは神への信仰から来ているのではなかったので、主イエスを本当に信じていることからではなかったので、悪霊から反撃されてしまっています。当時の悪霊は、主イエスのことも、主イエスの名を用いて、様々な奇跡を行っているのを知っていて、また恐れていたのでしょう。7人の息子たちが行っている祈祷が、いつもと違うことをすぐに見抜いて、「イエスのことも知っている。パウロのことも知っている。だが、いったいお前たちは何者だ」といわせて、悪霊に取りつかれている男が、7人の息子たちに飛びかかって押さえつけ、ひどい目にあわせ、彼らを裸にし、傷つけ、その家から逃げ出すことになっていきました。

 この出来事がエフェソに住むすべての人々に知れ渡り、人々な皆、恐れを抱いて、主イエスの名は大いにあがめられるようになっていきます。信仰に入った大勢の人が来て、自分たちの悪行をはっきりと告白していくのです。それは魔術を行っていた多くの者の、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てるのです。その値段を見積もってみると、銀貨5万枚にもなったと書いてあります。この金額が膨大なものです。

当時のエフェソの町は、アジア州の首都であり、商業、文化、そして宗教の中心地として栄えていたといいます。特に、大きなアルテミスの神殿に象徴される、組織化された偶像礼拝がありました。また、魔術と呪術が日常的に行われていたといわれています。そのエフェソの町に、パウロの働きがあって、主イエスの名による病気などの癒しの業が行われていきました。そのパウロの行った圧倒的な癒しの力といいますか、主イエスの名による業が、いかに素晴らしいものであるかをエフェソの町の人々に示すことができたのです。その主イエスの名による癒しの業を見たエフェソの町の人々の反応は素晴らしいものです。それまで大切にしてきた魔術の本などを持って来て、皆の前で焼き捨てていく。エフェソの町を変えていくぐらいの行動です。そして、このようにして、主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していくのです。

今の時代、主イエスの名はどのように働いているのでしょうか。私たちが苦しむ様々な病気や障害、時代が変ってもその本質は変っていないと私は思っています。現在社会で、私たちの苦しみの中で、主イエスの名はどう生きているのでしょうか。病気に対して、医学が発展してしています。今まで治らなかった病気が治っていきます。でも、医学は、私たちのすべての病気を癒すことができていません。また、人の死を解決することもできていません。過去も現在も未来も、主イエスの名が働くということは、人の死を解決することができるという力があります。主イエスの名があがめられる、それは、イエス・キリストの十字架の死と復活を意味しています。この主イエスの十字架によってのみ、人の死を乗り越えて、復活の命、永遠の命が与えられていくのです。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。主イエスの名があがめられること、神の力がエフェソの人々の前で現れて、人々は驚き、今まで大切に持っていた魔術など書物を、人々の前に持って来て、焼いてしまいました。本当に主イエスの名をあがめようと決断したのでしょう。エフェソの人々の行動に驚きます。どうして、そのようなことをすることができたのでしょうか。本当に大切なものを見い出すことができたのでしょう。今の私たちはどうでしょう。何を大切にして生きているのでしょう。私たちは多くのものを持っています。それらを捨てることは難しいのです。主イエスの十字架の前に立って、主イエスの名をあがめることができるようにしてください。この願いを、主イエスの名によって祈ります。アーメン。

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