4月19日の礼拝の内容です。

river between green grass 礼拝
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4月19日の礼拝の内容です。讃美歌は、197.361.405.451.27です。

礼拝説教   使徒22:17~21「異邦人のための伝道者」   2026.4.19

 4月の第3日曜日を迎えました。1週間の初めの日曜日に、このように神を礼拝することができますことを心から感謝します。この礼拝を通して、私たちの1週間の歩みがより豊かになりますようにと願います。

 私たちは使徒言行録を読んでいます。この書は、イエス・キリストの福音がエルサレムから始まって、当時の世界の中心であるローマにまで伝えられた内容となっています。

使徒1:8

あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。

 この内容が、実際に行われていくのです。その大きな役割を果たしていくのが、この書の後半になりますが、使徒パウロです。今日の聖書の箇所は、パウロが異邦人の伝道者としてイエス様から選ばれる内容となっています。

 パウロの伝道活動です。パウロは3回に渡る伝道旅行を終えて、エルサレムに戻って来ました。そこで待っていたのは大きな困難でした。3回に渡る伝道旅行でもユダヤ人による攻撃や迫害を受け続けていました。エルサレムに着いたパウロは、神殿に行き、神を礼拝していました。その時に異邦人も一緒に神殿の中に入れたという誤解があり、ユダヤ人に逮捕されて、殺されそうになってしまいした。その時に、ローマ軍が来て、パウロを助けた状態になってしまいました。ローマ軍が来なければ確かに、パウロはユダヤ人たちから殺されていたでしょう。

 ローマ軍に助けられたパウロは、ローマ軍の兵舎に連れて行かれそうになった時に、ローマ軍の許可を得て、自分を殺そうとしたユダヤ人たちに向けて話し始めていきます。パウロは、自分がキリスト教の迫害者から伝道者に変っていく過程を話していきます。パウロが、生まれたのが、キリキヤ州のタルソスであったこと、エルサレムに留学し、ガマニエルのもとで厳しく律法を学んできたことを伝えます。熱心に神に仕え、キリスト教に反対し、迫害し続けていたのでした。

 そして、ダマスコ途上で、イエス様と出会うのです。熱心なユダヤ教徒として歩んでいたパウロは、キリスト教徒を迫害することは、神の御心に適っていると信じきっていました。キリスト教徒を見つけ出し、エルサレムに連行するのがダマスコ行きの目的でした。そのダマスコ途上で、天からの強い光がパウロを照らすのでした。その強い光の中で、イエス様の声を聞くことになりました。この強い光の中で、パウロはユダヤ教徒からキリスト教徒に変えられていきます。迫害者から伝道者として変えられていくのです。

 また、そのパウロをダマスコに住むキリスト者アナニアがパウロのもとに行き、励まし、新しい道を示すことになりました。アナニアはパウロに「兄弟パウロ、神があなたをお選びになりました。あなたはイエス・キリストの福音を伝えるために働くのです。すべての人にその福音を伝えていくのです。今、何をためらっているのですか。立ち上がりなさい。イエス・キリストの御名を唱え、洗礼を受けて、罪を洗い清めなさい」と語ります。

 ダマスコ途上で、イエス様と出会い、キリスト者となったパウロは、すぐに伝道者として活躍したわけではありません。実はしばらく時間が必要だったのです。今日の聖書の箇所ですが、パウロがエルサレムに帰って来た時がありました。そこで、エルサレムの神殿で祈っていました。その時の出来事をいっています。パウロが祈っていた時に、我を忘れた状態になりました。そこで、パウロはイエス様と出会うのです。イエス様はパウロに「急げ、すぐにエルサレムから出て行け。わたしについてあなたが証しすることを、人々は受け入れないからである」というのです。パウロはイエス・キリストの伝道者として歩む中で、同胞であるユダヤ人に対する強い思いがあったのです。

ローマ9:2~3

わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり、肉による同胞のためならば、キリストから離れて、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。

 イエス・キリストは、パウロにすぐにエルサレムから出て行けといいます。その理由として、イエス・キリストの福音をユダヤ人は受け入れようとしないからだというのです。

 このイエス・キリストのパウロへの命令は、パウロ自身受け入れることができませんでした。パウロは、イエス様に「主よ、わたしが会堂から会堂へと回って、あなたを信じる者を投獄したり、鞭で打ちたたいたりしていたことを、この人々は知っています。また、あなたの証人ステファノの血が流された時、わたしもその場にいて、それに賛成し、彼を殺す者たちの上着の番もしたのです」といっています。つまり、パウロはかつては自分も熱心な迫害者だった、それが今はこんなに変えられて、イエス・キリストの福音を受け入れて、伝道者となることもできた。このような自分だからこそ、エルサレムにいる同胞のために、どうしても福音を伝えていきたいと願っているのです。これはパウロ自身の悲願だったということができるでしょう。

 ここで、パウロはイエス様がいわれたことに反対しているということになります。イエス様はパウロに、ユダヤ人たちは、信じることができないから、エルサレムから出て行けといわれるのですが、パウロは、それは反対で、自分なら、エルサレムにいるユダヤ人に、イエス・キリストの福音を語り、信じさせることができると確認をもっているのです。

 そのパウロに、イエス様はストレートに「行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ」と命じています。

 パウロは、イエス・キリストを信じる者となりました。不思議なイエス様の導きといってもいいでしょう。イエス様と出会う前に、熱心なユダヤ教徒として、キリスト教徒を迫害することに使命を感じ、実際に実践していました。それが、イエス様との出会いによって、まったく違った道を示されたのです。パウロ自身、同胞であるユダヤ人の救いのために、強い思いがあったことが分かっています。どうしても、ユダヤ人たちに、このイエス・キリストの救いを受け入れて、信じる者となってほしいと願っていたのです。初め、同胞であるユダヤ人に対する伝道に思いを持っていました。

 それを、イエス様はまったく違う道を示されるのです。急げ、すぐエルサレムから出て行け。それは、あなたが伝道しようとしているユダヤ人たちは、それを受け入れないからだとはっきりと理由をいっています。そして、パウロに「行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ」とイエス様は強くいいます。パウロの反論の余地はまったくありません。

 神は、人間の救いのために、ユダヤ人を選ばれました。ユダヤ人を通して、すべての人々に神の救いをもたらすためでした。それは、ユダヤ人が、神の救いを受け入れないから、異邦人の方に救いを与えるということです。

 最初に触れましたが、イエス・キリストの福音はユダヤ人から始まって、すべての人々に伝えることが神のご意思でした。ユダヤ人の拒絶が、パウロの異邦人伝道の大きな力となっていくのです。大きな視点で聖書を読んでみると、ユダヤ人を通して、イエス・キリストの福音は異邦人に、つまりすべての人々に伝えられていくのです。イエス様は、パウロを異邦人の伝道者としてお立ててくださったのです。そして、多くの信仰者、伝道者によって、イエス・キリストの福音はすべての人々に伝えられていくのです。私たち瀬戸永泉教会は、その流れになります。私たち1人1人、誰かの信仰者によって、イエス・キリストの福音を聞き、信じて、洗礼を受けて、今日に至っています。その働きは、今も、これからも続いていきます。この瀬戸の地域に住む人々に、この瀬戸永泉教会を通して、伝えられていくのです。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。パウロが異邦人伝道者として導かれていく流れをみることができました。あなたは、パウロを用いて、また多くの信仰者を用いて、伝道の働きをしてくださっています。私たちが今、ここにあることはあなたの導き以外にありません。どうか、この信仰を持ちつつ、その生涯の歩みを続けることができますように守り導いてください。そして、周りの人々に、あなたの救いの素晴らしさを伝えることができる勇気を与えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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