7月5日の礼拝の内容です。讃美歌は、467.377.466.465.78.27です。
説教 使徒23:31~24:9「見えない真実」 2026.7.5
イエス・キリストが十字架につけられて死なれ、墓に葬られ、3日目によみがえってくださいました。よみがえられたイエス様は弟子たちと共に40日間を過されました。そして、神のみもとに帰って行かれたのです。その時に、イエス・キリストは弟子たちに告げました。それはイエス・キリストの福音を伝えるという大宣教命令といわれるものです。
マタイ28:18~20
イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
このイエス・キリストの言葉を受けて、弟子たちはイエス・キリストの福音を伝えるという働きを担っていくことになります。それが、使徒言行録ということができます。イエス・キリストが神のみもとに帰って行く時に、次のような言葉もいっていました。
使徒1:8
あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。
この言葉は、使徒言行録全体を言い表している言葉です。聖霊が弟子たちに注がれました。弟子たちは聖霊の力を受けて、イエス・キリストの福音をエルサレムから始まり、当時の中心地であるローマにまで伝えていくのです。この使徒言行録には、イエス様の弟子たちがこの福音を伝えていく様子が書かれてあります。このイエス・キリストの福音を伝えることは大変なことです。イエス様の弟子であるペトロも、そして、パウロも命がけで伝道をしていくのです。
イエス・キリストの福音を伝えることは、私たちキリスト者にとって、何よりも大切なことです。神の救いの出来事を伝えていく、他の何よりも大切なことです。世界中の人々に、神の救いを伝えていくことだからです。それにしても、どうして、こんなに伝道活動は困難が伴うのでしょうか。
今日の聖書の箇所です。パウロはイエス・キリストと出会い、キリスト者となりました。それから、イエス・キリストの福音を伝える伝道者としての活動が始まっていきます。パウロは、3回に渡る伝道旅行を行いました。その旅行の最後にエルサレムに行き、ユダヤ人に捕えられ、殺されそうになっていました。それを助けたのが、当時の世界を支配していたローマ帝国の軍隊でした。ローマ軍はエルサレムに平和維持のために滞在していました。パウロが、イエス・キリストの伝道者としての歩みをする中で、反対するユダヤ人に捕えされ、殺されそうになりました。この出来事はエルサレム中が騒動の中におかれたことになってしまいました。それで、ローマ軍が出動して、ユダヤ人の騒動を鎮圧したのです。
ユダヤ人の中には、パウロを殺すために、神に誓いを立てた40人以上の者がいました。パウロを殺すまでは飲む食いしないという誓いです。それほど、熱心にパウロを殺すことに情熱を持っていたのです。そのようなユダヤ人の動きがって、パウロはローマ軍に守られて、エルサレムからカイサリアに移されます。ローマの歩兵たちは、命令通りにパウロを引き取って、夜の内にアンティパトリスまで連れて行き、翌日に、騎兵たちに護送を任せて兵営に戻っていきます。騎兵たちはカイサリアに到着すると、手紙をローマ総督に届け、パウロを引き渡します。
総督は手紙を読んでから、パウロがどの州の出身であるかを尋ね、キリキア州の出身だと分かると、「お前を告発する者が到着してから、尋問することにする」といいました。そして、ヘロデの官邸にパウロを留置しておくように命じました。5日後のことです。大祭司アナニアは、長老数名と弁護士テルティロという者を連れて来て、ローマ総督にパウロを訴え出ています。パウロは呼び出されます。テルティロはローマ総督フェリックスに挨拶をしています。「閣下のお陰で、私たちは十分な平和を享受しています。閣下の配慮によって、いろいろな改革がこの国で進められ、あらゆる面で、至るところで、このことを認め、称賛申し上げ、感謝しています」と。
次に、パウロに対することを次のようにいいます。「実は、この男は疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている者で、ナザレ人の分派の首謀者です。この男は神殿さえも汚そうとしましたので、逮捕しました。閣下ご自身でこの者をお調べくだされば、私どもの告発ことがすべてお分かりになると思います」といいます。他のユダヤ人たちもこの告発を支持し、その通りであると申し立てています。
パウロは、この時に、カイサリアでローマ総督のもとで、ユダヤ人から訴えられている状態です。もし、この時にローマ軍がいなければ、パウロは死んでいたでしょう。パウロはローマ軍の保護のもとで、囚人ですが、歩みを続けていくことができていくのです。これから、パウロは囚人としてローマ軍の保護のもとで、ローマに行くことになっていきます。そのローマへの道はとても険しく厳しい道のりとなっていきます。船が嵐に飲み込まれたり、沈みそうになったりしますが、守られて、ローマにまで辿り着いて行きます。パウロがエルサレムにいて、ローマ軍の兵営にいた時に、イエス様の励ましの言葉がありました。
使徒23:11
その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」
このイエス様の言葉が、パウロの歩みを支えたのです。イエス・キリストの福音を伝えるという大切な働きがこうも大変な道のりになるのはなぜなのでしょうか。思えば、イエス・キリストの働きも、パウロ以上に大変な歩みでした。それは神の子が、この世に生まれて、人々のすべての苦しみや悩みを体験し、最後は十字架への道が待っていました。イエス・キリストが十字架を前にした祈りがあります。いわゆるゲツセマネの祈りです。イエス様は十字架を前にして逃げることもできました。十字架から逃げるか、それとも十字架につくために、前に進んで行くべきかと激しい心の葛藤を表現しています。
マタイ26:36~39
それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」
イエス・キリストの目の前には十字架が待っていました。それを前にして、イエス様の苦しみの祈りです。できれば、十字架は避けたいのです。苦しいからです。辛いからです。でも、神の御心は、十字架の道と受け止めて、前に進んで行こうとしています。そして、十字架にかかってくださるのです。
パウロの歩みも、イエス・キリストの歩みも、私たちの罪の赦しを伝えるための働きです。目の前には不条理と思われる状況が展開しています。でも、それは、神のご計画です。私たちを罪から救うためのご計画です。私たち人間の視点では、どうしてこのような苦しみを味わわなければならないのだろうと思うでしょう、でも、神の目からすれば、人間の罪の赦しのご計画は確実に実行されていくのです。ここには目には見えない真実があります。ただただ、神の救いの業に感謝したいと思います。
祈り 神よ。あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。イエス・キリストの福音を伝えることの困難さをパウロの歩みからみてきました。それは、人間的な視点では苦しいものであっても、神の視点からすれば、確実なものだということが分かりました。イエス・キリストの十字架の死と復活に、心から感謝します。この感謝を、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


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