7月26日の礼拝の内容です。讃美歌は、11(3)46.111.132(1.3.5)76(5)です。
礼拝説教 詩編42編「問い、促し、前進する」(小椋実央牧師) 2026.7.26
「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき」百人一首の有名な歌です。すぐに情景を思い浮かべることができます。足もとに落ちた小枝を踏みしめる音。山の中の独特な湿った土の香り。姿は見えないけれども、どこからともなく聞こえてくる鹿の鳴き声。子どもにはおおよそ理解できないような、かなわぬ恋の歌、時には怨念がうずまくような歌が多い中にあって、この百人一首の歌は子ども心にとても響くものがありました。そしていつも百人一首をやる時には、必ずこの札は取りたいとひそかに願っていた一首でもあります。長らく私はこの百人一首の歌と、詩編42編の枯れた谷に鹿が水を求めるようにが、同じような光景だと混同をしていました。美しい情景、雅な世界観を勝手に想像していたのです。しかし状況は全く違いました。涸れた谷とありますから、水は流れていないのです。それなのに水を求めてやってきたのです。乾ききった川底に鼻をこすりつけて、いつまでも、いつまでも水を探し求めているのです。
酷暑と呼ばれる夏の真っただ中に置かれている私たちは、この鹿の飢え渇きが手に取るように分かります。これは私たちの魂の飢えと渇きをあらわしています。今すぐにでも命の水をいただかなければ、命の水に潤していただかなければ、魂が干からびてしまう。そのことに気付くことから、私たちがあるはずのない場所で水を求めてさまよい歩く鹿のようであることを知ることから、私たちの詩編42編の旅は始まります。詩編42篇が開かれました。多くの方が気になるのは、42篇の内容そのものよりも、最初に大きく42(43)と書かれていることではないかと思います。42編と43編はもともとひとつの歌でした。42編の12節なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、という段落が43編の最後にも全く同じ形で繰り返されます。これが42編と43編が一つの歌だった、と言われる理由です。それが何らかの理由で二つに分けられたのではないか、と言われています。
もうひとつ踏み込んだ話をすると、詩編は5つのグループに分かれています。今日お読みした42編から二番目のグループに入ります。詩編は初めからこの順番で作られたのではなくて、数あるもののうちから編集をして、5つのグループに編集をして現在のような形になりました。それぞれのグループの終わりには、頌栄と呼ばれる神さまをほめたたえる言葉で締めくくられています。41篇の終わりのところを見ると、「主をたたえよ、イスラエルの神を世々とこしえに。アーメン、アーメン」とあります。42編から始まる第二グループは72編で終わるのですが、こちらも「栄光は全地を満たす、アーメン、アーメン」という言葉で閉じられています。このようにグループの最後は必ず頌栄の言葉で締めくくられています。そして150編、詩編の最後ですが、こちらは150編そのものが詩編全体の頌栄の言葉となっていて、神を賛美せよ、ハレルヤという言葉が繰り返されています。
ということで本日から2番目のグループに入りました。41篇までの第一グループと、42編からの第二グループと何が違うかと言いますと、まず第一グループはダビデの歌がほとんどでした。第二グループからはダビデの歌もありますが、そうでない歌が増えてきます。そして、これまで主よ、と書かれていた言葉に代わって、42編からは神よ、という言葉が多く使われるようになります。主よ、という言葉が全くなくなるわけではありませんが、ぱらぱらとめくっていただくと、これまでは主という言葉であったのにかわって、神と言う言葉が多くなってくることを感じられるのではないかと思います。このあたりの詩編の構造ですとか、主が神になるとか、別に知っていてもいなくてもわたしたちの信仰生活には大きな影響はないかもしれませんが、150編という膨大な詩編に少し目鼻がついて、ひとつずつ個性のある歌に見えてくるのではないかと思いますので、どこか頭の片隅に残しておいていただければと思います。詩編42編の詩人は、激しい飢えと渇きを覚えていました。礼拝から遠ざけられていたようです。重い病気であったとか、捕虜として捕らえられていたとか、色々な推測があります。私たちの中で捕虜になった経験のある方はなかなかおられないのではないかと思うのですが、しかし現代の日本に生きる私たちであっても、いつもなんの障害もなく礼拝に集うことができるわけではありません。この詩人ほどには深刻な状況ではないかもしれませんが、思いを馳せることはできます。誰もが礼拝に来ることが困難だと感じる状況を経験しているからです。しかも、ただ礼拝から遠ざけられているだけではなくて、敵対する存在があったことをあらわしています。「お前の神はどこにいる」と。
この説教を準備しながら、本やインターネットの間をさまよい歩いていた時に、このような文章をみつけました。私たちは犬の喧嘩や、夫婦喧嘩を神のせいにはしない。何故神がおられるのに夫婦喧嘩をするのか、とは誰も問わない。たいてい場合どちらかのせいだと分かり切っている。また、たいてい両方のせいなんですけれども、そんなことをいちいち神に問う人はいません。しかしひとたび戦争が起こると、何故神がおられるのに戦争が起こるのか、という問いが始まる。責任の所在がよく分からなくなると、人はとたんに神のせいにしたくなる。そのような文章でした。とても納得しました。「何故神がいるのに、戦争が起こるのか、悲惨な事件が起こるのか、災害が起こるのか。」ひとたび大きな事件が起こると突然わきおこる議論の一つです。私はこのような発言を聞くたびにこの人たちは救いに近いと感じます。どうにかしてことの責任の所在を神さまになすりつけて、神さまに頼りたいという心が透けて見えているからです。心の中で神さまを求めて、飢え渇いているからこそ、このような発言が出てくるのです。とは言っても、「神さまがどこにいるのか」議論を始める方々は、自らが誰よりも神さまを求めているとは認めないでしょうから、「きっとこの人は神さまの救いを感じて、畏れを感じているから、こういう発言になるのだろうな。」温かく見守るようにしています。
詩人は礼拝から遠のいていました。礼拝にあずかりたくともあずかることのできない状況にありました。それだけではなく、「お前の神はどこにいる」とののしる存在がありました。詩人は礼拝の喜びを思い起こします。礼拝へのあこがれです。喜びに満ちた礼拝を経験した人にしか抱くことのできない思いです。一人で聖書を読んで、一人でお祈りをして満足をするということはないと思います。勿論、み言葉に触れる喜びはあるでしょうけれども、益々礼拝へのあこがれが強くなるのではないかと思います。詩人は礼拝の喜びを思い出すことで、自らの悲惨な状況がよりはっきりと際立ってきました。枯れはてて消え去ってしまいそうな自分自身に気付きます。詩編42編の大きな転換点はここです。自らの悲惨な状況、敵対者に責め立てられて、かつての礼拝を思い起こし、この落差に打ちのめされつつ、詩人は自らに問いかけます。「何故うなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。」どうして私はこんなに不幸なのだろうと嘆くのではなく、また「お前の神はどこにいるのか」と無責任に問いかけるのでもなく、自分に向かってはっきりと問います。「何故うなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。」
以前、神さまに嘆くことは祈りだ、ということを詩編の説教を始めた時にここで申し上げました。神さまに嘆きを聞いていただくことは、祈りになります。しかし、しばしば私たちは、神ではなく自分に向かって嘆きます。どうして私だけがこんな目に合うのか。どうしてあの人は私を傷つけるのか。どうして私はこんなに不幸なのか。自分のことに夢中になって神さまの存在を忘れてしまう。まるで自分自身に呪文をかけるかのように、自分を不幸という名の沼にしずめていくかのように、どうして、という無限のループに陥っていきます。そうではなくて、嘆きは神に聞いていただくのです。
自分に言い聞かせるのではなく、神に語りかけるのです。一方で詩人は自らに問いをぶつけました。「何故うなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。」若干、自分自身を突き放したような言い方です。他人にはなかなか言うことのできない言葉です。悲しんでいる人にむかって、「何故悲しんでいるのか」とはなかなか聞きにくいものです。見ればわかるだろうとか、放っておいてくれとか、怒り出す人もいるかもしれません。しかし詩人の相手は自分です。あなたは何故うなだれているのですか、と自分自身を突き放して問うことによって、自らの立ち位置を知ります。神の支えを思い起こし、礼拝へのあこがれを思い起こします。
そして心を入れ替えて自らに命令します。「神を待ち望め。」そして自らに命令することによって、信仰を告白する言葉が生れてきます。わたしはなお、告白しよう。御顔こそわたしの救い、と。わたしの神よ。枯れた谷底でさまよい歩いていた詩人は自らに問い、自らを促し、そして一歩前進します。詩人にその力があったからではありません。信仰によって私たちは自らと議論することができる。神の言葉が私たちを奮い立たせ、信仰によって自らにはっきりと命令することができます。私たちは自分の言いなりにはなりません。自らの不幸の奴隷にはなりません。なるとするならば神の言いなりになって生きるのです。神の言葉を武器として、自らに命令することができる。自らを奮い立たせることができる。自分一人ではとうてい立ち上がることができないけれども、私たちは神の言葉によって自らに問いかけ、神の言葉によって自らに命令することができるのです。
毎週水曜日の祈祷会ではサムエル記を読み進めています。前回は、ダビデに反旗をひるがえした息子アブサロムとダビデが戦って、ダビデ軍が勝利をする。息子のアブサロムは戦死してしまう、という場面を共に分かち合いました。ダビデ軍にとっては勝利なのですけれども、父ダビデとしては息子アブサロムを失った悲劇的事件です。ダビデの優秀な部下であるヨアブという武将は、思い巡らして、日を改めてから王に報告しようとするのですが、祭司の息子であるアヒマアツは自分がダビデに知らせると言って聞きません。仕方なく別の伝令を送るのですが、どうしても行きたいとだだをこねる祭司の息子アヒマアツを結局は行かせてしまいます。アヒマアツは近道をして最初の伝令を追い抜いて、誰よりも先にダビデに戦いに勝ったことを報告するのです。ただし息子が死んだということは言わずにおきました。私はこれまでこの箇所を読むたびに、少し滑稽な場面だなと思っていました。いい大人が行くなというのにだだをこねて行きたがって、とうとう最初の伝令を追い越してしまう。私にはこのアヒマアツという人物が他人の手柄を横取りするような、或いは誰も知らない情報を言いふらすような、あまりいけ好かない人物のように思えてなりませんでした。しかし祈祷会でみなさんの意見に耳を傾けているうちに、このアヒマアツという人物がこれまでとは全く正反対の人物に見えてきました。
アヒマアツはこう言います。「主が王を敵の手から救ってくださったという良い知らせを王に伝えます。」主が王を救ってくださった。ダビデが戦争に勝った、ダビデ軍が勝利した、ではなく、この戦いは主の戦いで、主がダビデを救ってくださった、と語るのです。アヒマアツは祭司の息子です。おそらく後に祭司となり、神の言葉を取り次ぐものとなるのでしょう。その彼が、誰よりも先行って、「ダビデが勝利した」でもなく「アブサロムが討ち死にした」でもなく、「これは主の戦いだ」と宣言することは非常に意味があることだったのではないかと思うのです。いつ、いかなる時であっても、神の言葉を唇にのせるということを忘れずにいたいと思います。他人の言葉に傷ついて、自らの言葉で自分を縛り付けてしまうことがあったとしても、思い直して何度でも、神の言葉を取り出して語りたいと思います。そして他人にだけでなくて、自らに対しても、神の言葉によって語り掛け、問い直し、自らを励まし、奮い立たせて、歩き出す。私たちは命の泉のありかを知っているのですから、いつまでも枯れた谷をさ迷い歩くことはせずに、浴びるほどにみ言葉をいただいて、再び一週間の旅路へと旅立っていきたいと思います。
<祈り>ご在天の父なる神さま。あなたからいただく恵みに目を向けずに、さまよい歩いている私たちです。あなたがご自分の御子を犠牲にしてまで私たちをご自分のものとしてくださった、その喜びにいつも帰らせてください。あなたのみ言葉を私たちの内に焼き付けてください。この一週間の旅路を守り、再びこの場所へと呼び戻してください。この祈りを主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。


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