祈祷会 サムエル記下19:32~44「ヨルダン川を渡るダビデ」 2026.8.12
ダビデは、その息子アブサロムと戦うことになりました。アブサロムの反抗ということです。アブサロムは自分がダビデに代って王になるということでした。アブサロムはエルサレムに攻めて来ることを知ったダビデは。家臣と共にエルサレムから逃げて行くのです。しかし、戦いは避けることができない状況になりました。ダビデは戦う自分の軍に、敵であるアブサロムを守ってくれと願っています。戦いが始まって、ダビデ軍の勝利に終り、アブサロム軍は敗北しました。アブサロムはダビデの家臣ヨアブに殺されてしまったのです。ダビデは自分の軍の勝利を知りました。しかし、ダビデの関心は息子アブサロムの生死でした。アブサロムの死を知ったダビデは深く悲しむのです。ダビデは父親として、息子の死を悲しむことは分かりますが、王でもありました。アブサロムは敵の大将だったのです。ダビデの行為は王としてはふさわしくないものでした。それをヨアブが戒めて、王としてしっかりと対応するように促すのです。ダビデは、このヨアブによって、王として立ち続けることができたということができます。
アブサロムが死んで、ダビデは再び、エルサレムに戻ろうとします。最初に、アブサロムに従ったイスラエル軍の人々が、ダビデを再び王として迎え入れようとする動きがありました。ダビデは自分たちを敵の手から救ってくださった。ペリシテの手からも守ってくださった。今は、アブサロムのために国外に逃げておられる。自分たちの王アブサロムは戦いで死んでしまった。だから、ダビデを再び、王として迎え入れようとするのです。イスラエルの人々の動きを知ったダビデは、ユダの人々に人を遣わして「ユダの人々よ。イスラエルの人々がわたしをエルサレムに連れ戻そうとしている。あなたたちはわたしを王宮に戻すのに遅れをとるのか。あなた方はわたしの兄弟ではないか」と訴えています。ダビデはユダの人々を動かして、「家臣全員と共にエルサレムに帰還してください」と答えています。
ダビデはヨルダン川を渡り、エルサレムに戻ろうとしています。そこにサウル家の関係者シムイが来ていました。かつて、ダビデがエルサレムから逃げる時に、呪いながら石を投げつけた人です。シムイはダビデに赦しを求めるためにやって来たのです。ダビデはそのシムイを赦しています。更に、サウルの孫であったメフィボシェトも来て、ゆるしを求めています。メフィボシェトはダビデがエルサレムから逃げる時に、一緒に行くことができませんでした。それは僕ツィバに騙されたからです。
そして、今日の聖書の箇所になります。
・19:32~40、王とバルジライ
かつて、ダビデがエルサレムから逃げてマナハイムに着いた時に、アブサロム軍との会戦の前に、3人の人がダビデとその兵たちを養うのです。3人の1人が、バルジライでした。彼らは、寝具、たらい、陶器、小麦、大麦、麦粉、炒り麦、豆、レンズ豆、蜂蜜、凝乳、羊、チーズを食料として持って来たのです。彼らはダビデとその兵士たちが、荒れ野で飢え、疲れ、渇いているに違いないと思ったからでした。そのバルジライが、ヨルダン川を渡ろうとするダビデを見送るためにやって来ました。バルジライは高齢で80歳になっていたとあります。バルジライは大層裕福で、ダビデが逃亡中の生活を支えてくれたのです。ダビデは「わたしと一緒に来てくれないか。エルサレムのわたしのもとで、あなたを面倒みよう」というのです。バルジライは「わたしはもう80歳になります。わたしは善悪の区別も知りません。何を食べても何を飲んでも味がなく、男女の歌い手の声も聞こえないのです。どうしての王の重荷になれましょう。ヨルダン川を渡ることもできません。わたしは父や母の墓のあるわたしの町で死にたいのです。どうか、わたしが帰って行くことを許してください。ここにキムハムがいます。彼をあなたのお供として残していきます。どうか、あなたの目の良いと映るままにお使いください」と答えています。ダビデは承知しました。ダビデと兵士全員がヨルダン川を渡ります。ダビデはバルジライを祝福しました。バルジライは自分の町に帰って行ったのです。
・19:41~44、イスラエルとユダ
ダビデはギルガルに進みます。キムハムも共に行き、ユダの全兵士もイスラエルの兵士の半分も共に進んで行きました。イスラエルの人々は進んでダビデに「なぜ我々の兄弟のユダの人々があなたを奪い取り、王と御家家族が直属の兵と共にヨルダン川を渡るのを助けたのですか」と文句をいいます。するとユダの人々は「王は私たちの近親だからだ。なぜこの事で腹を立てるのだ。我々が王の食物を食べ、贈り物をもらっているとでもいうのか」と反論します。イスラエルの人々はいい返して「王のことに関して、私たちは10の持ち分がある。ダビデ王に対してもお前たちより多くの分がある。なぜ私たちをないがしろにするのだ。私たちの王を呼び戻そうといったのは私たちが先ではないか」といいます。これは前に、ダビデ自身が、イスラエルの人々が自分をエルサレムに連れ戻そうとした動きを知って、ユダの人々に、あなたがたはすぐに行動を起して、自分をエルサレムに連れ戻す行動を起して欲しいとしたからです。もともと、イスラエルは2つに分かれてしまっていました。イスラエルとユダです。アブサロムとダビデの戦いも、イスラエルとユダの争いとなっていました。イスラエルとユダはもともと1つの民族なのに、2つに分かれてしまっていました。この時も、ユダの人々の言葉は、イスラエルの人々の言葉より、激しかったとあります。この後、再び、イスラエルとユダが争うようになっていきます。やがて完全に分かれてしまいます。
逃亡中のダビデを守ったのがギレアド人バルジライであり、同じ神の民イスラエルでありながら、イスラエルとユダは対立していくのです。ダビデは異邦人に守られ、同胞の中では敵対関係になってしまう。何か悲しいことだと思います。人のいろいろな思いが交錯していきます。このような中でも神はダビデを守り導いてくださいます。
祈り 神よ。聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデを守ったバルジライとの別れ、同じ同胞であるイスラエルとユダの敵対関係、いろいろな人間模様がありました。ダビデの行動がその敵対関係を深めていってしまうのです。やがて、その敵対関係は修復することが困難な状態になっていきます。それでも神はダビデを守り導いてくださいます。私たちも神の守りと導きを信じて歩むことができますように願います。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)


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