12月3日の祈祷会の内容です。

教会からのお知らせ

祈祷会    サムエル記上29章「ダビデ、危機から救われる」   2025.12.3

 イスラエルの王サウルは、自分の地位を守るためにダビデの命を狙い続けます。ダビデは、サウルの手から逃げ続けます。とうとうサウルの手から逃げられないと考えたダビデは、イスラエルの敵であるペリシテ人の地に逃げることを決心します。ペリシテ人のアキシュの元に逃げたダビデは、傭兵のような役割で生き延びようとしています。ダビデがペリシテの地に逃げたことを知ったサウルには二度とダビデを追うことはしませんでした。ダビデはペリシテ人のアキシュの元で上手に振る舞い信頼を得ることができました。ダビデと600人の兵士たちは、ペリシテ人アキシュの傭兵として過ごすようになります。

 この時に、ペリシテ人はイスラエル人と全面戦争を仕掛けようとしています。28章の最初のところで、ペリシテ人のアキシュはダビデに、今度、イスラエル軍の戦いの時に、ペリシテ軍の一部として参加してほしいといわれたのです。それは、ダビデがペリシテ軍として、イスラエル軍と戦うことを意味します。サウルの後で、イスラエルの王となろうとしているダビデにしてみれば大きな試練となっていくのです。私の考えでは、ダビデがペリシテ軍の一員としてイスラエル軍と戦うことになれば、後にイスラエルの王となることはできないのではないかと考えます。それくらい、大きな危機をダビデは迎えていることになります。

 そして、今日の29章ですが、いよいよペリシテ軍はイスラエル軍との戦いに備えて行きます。ペリシテ人は、その軍勢をすべてアフェクに集結させます。イスラエル軍はイズレエルにある1つの泉の傍らに集結します。ペリシテの武将たちはおのおの百人隊、千人隊を率いて進み、ダビデとその兵はアキシュと共にしんがりを進みます。ペリシテの武将たちはアキシュに「このヘブライ人らは何者だ」と尋ねます。アキシュは「イスラエルの王サウルの僕であったダビデだ。彼はこの1.2年、わたしのもとにいるが、身を寄せて来た時から今日まで、わたしは彼に何の欠点も見いだせない」と答えます。けれど、ペリシテの武将たちはいらだって、アキシュに「この男は帰らせるべきだ。彼をもともと配置した所に戻せ。我々と共に戦いに向かわせるな。戦いの最中に裏切られてはならない。この男が元の主人に再び迎え入れられるには、ここにいる兵士たちの首を差し出すだけで十分ではないか。サウルは千を討ち、ダビデは万を討ったと人々が歌い踊ったあのダビデはないか」というのです。

 アキシュはダビデを呼んで「主は生きておられる。お前はまっすぐな人間だし、わたしと共に戦いに参加するのをわたしは喜んでいる。わたしのもとに来た時から、今日まで何の悪意も見られなかった。しかし、武将たちはお前を好まない。今は、平和に帰ってほしい。ペリシテの武将たちの好まないことをしてはならない」と告げるのです。

 ダビデはサウルの手から逃げるために、ペリシテ人の地にやって来ました。長くイスラエルはペリシテ人と戦いを繰り返していました。ペリシテ軍の大男ゴリアトを倒したのは、ダビデ自身でした。ペリシテ人アキシュの目はごまかせても、その他の武将たちに目をごまかすことはできなかったのです。でも、それはダビデにとってみれば大きな救いの手となっていきます。ペリシテ人アキシュの保護のもとで、今度はペリシテ軍の加わり、イスラエル軍と戦うはめになりそうだったのを、武将たちの反対にあって、参戦することができなくなった。ダビデとその600人の兵士たちは、味方であるイスラエル軍と戦うことがなくなっていくのです。このような事態となって行くことをどのように考えればいいのでしょうか。神の導きと考える方がいいと思います。目には見えないけれど、神の働きがあって、ダビデはイスラエル軍と戦うことになりそうだったのにも関わらず、戦うことができなくなった。戦う必要がなくなったということで、大きな危機から脱することができるようになったのです。

 ダビデはアキシュに「わたしは何をしたとおっしゃるのですか。あなたに仕えた日から今日までに、どのような間違いが僕にあって、わが主君、王の敵と戦うために出てはならないというのでしょうか」といいます。ダビデは本音では戦いに出て行かなくなってホッとしているはずですが、今までの流れを大切にして、あえて、どうして戦いに出て行くことができないのですかと答えているのです。アキシュはダビデに「わたしは分かっている。お前は神のみ使いのように良い人間だ。しかし、ペリシテの武将たちは、彼は、我々と共に戦いに上ってはならないというのだ。だからお前も、お前と一緒に来たお前の主君の部下も、明日早く起きて、日が昇ったら出発しなさい」と答えます。ダビデとその兵は朝早く起きて出発し、ペリシテの地に引き返して行きます。ペリシテ軍はイスラエル軍に向かって行くのです。

 ダビデは、神によって守られているのでしょう。ダビデは二度もサウルを殺すチャンスガあったにも関わらず、殺すことはしませんでした。その理由が、サウルを油注がれた方が神であるということでした。サウルを殺すことは神に逆らうことを意味し、神から罰を受けると信じていたからです。25章の時に、ナバルがダビデを侮辱した時に、ダビデは怒り、神の御心も聞かず、自分の怒りでナバルとその一族を皆殺しにしようとしています。その時に、神はナバルの妻アビガイルを送り、ダビデの行動を止めています。ダビデが自分の思いで行動し、罪を犯しそうになる時や、危機にある時に、救いの手を出していくのです。神はダビデを守ろうとしています。神はダビデを愛されるのです。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデ自身の行動で、危機に陥っていました。ダビデはペリシテ軍として、イスラエル軍と戦うことになろうとしていました。それを、神はダビデの危機を救い、戦うことなく、その危機を逃れることができたのです。神がダビデを守り愛している理由はどこにあるのでしょうか。そのことを知ることができますように知恵を示してください。この願いをイエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                             」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)

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