8月24日の礼拝の内容です。

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8月24日の礼拝の内容です。讃美歌は、457.504.515.533.29です。

礼拝説教     使徒18:1~11「あなたと共にいる主」    2026.8.24

主の平安を祈ります。1週間の初めの日曜日に、このように神を礼拝することができますことを心から神に感謝したいと思います。この礼拝を通して、私たちの1週間の歩みがより豊かなものとなりますようにと祈ります。

 使徒言行録を読んでいます。パウロの第2回伝道旅行の様子が書かれてあります。パウロの伝道はアジアからヨーロッパに移っていきます。先週はアテネでの伝道でした。アテネでの伝道では、それまでのようにユダヤ人による迫害は起きなかったのです。パウロは自分のアテネ伝道を振り返って、次のように書いています。

1コリント2:1~5

兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

 アテネからコリントへ行った時のパウロの言葉です。アテネでの伝道、私にすれば、素晴らしい説教と伝道活動だと思いました。ユダヤ教の影響を受けていないアテネの町の人々に、人々の思いに沿った伝道活動でした。本当に大切な伝道方法です。しかし、パウロ自身は、アテネでの伝道の結果を「わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」といっています。アテネの町はギリシャ哲学が盛んでした。また、いろいろな偶像が多くあって、信心深いところもあったのです。パウロなりに、アテネの人々のギリシャ哲学のことを思い、いろいろな知識を用いて説教していきました。その結果として、パウロの悩みは深いものとなっていったようです。アテネでの伝道、パウロにしてみれば、自分の知恵を最大限使っての伝道だったのでしょう。それを、パウロは反省して、福音を語る時、優れた言葉や知恵を用いない、ただイエス・キリスト、それも十字架につけられたイエス・キリスト以外、何も知るまいと心に決めたとまでいっています。

 しかし、パウロにとってアテネでの経験は、よい方向へと導かれる大きなきっかけとなっていきます。イエス・キリストの福音を伝えること、それは人間の知恵によらず、ただ十字架につけられたイエス・キリストをのみを語ることが、伝道の本質を見い出したのです。このように、伝道旅行での失敗の経験は、次の伝道活動に生かされていくのです。あの伝道者パウロ、本当に素晴らしい活動を行ったパウロ、彼自身も大きな失敗や挫折がありました。そのことを知ると、何かホッとするような思いになってしまいます。そして、コリントでの伝道が始まって行きます。コリントでの伝道の結果として、パウロは2つの手紙を新約聖書にのせることになっています。

 パウロはアテネからコリントに入って行きます。ここで、パウロは1組の夫婦と出会います。アキラとその妻プリスキラです。ローマでのユダヤ人による暴動が起って、クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近、イタリアから来たのです。この夫婦の仕事はテント造りでした。パウロもテント造りで同業者だったということになります。パウロはこの夫婦の家に住み込んで、一緒に仕事をすることができました。パウロは伝道しながら、テント造りの仕事をしていました。同じユダヤ人同士で、仲間が与えられたことはパウロじよってうれしいことです。この夫婦は後もパウロの伝道活動を支えてくれる存在となっていくのです。

 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシャ人の説得に努めていきます。シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエス様であることを力強く証していきます。しかし、ユダヤ人が反抗し、口汚くののしったので、パウロは服の塵を振り払って、「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。わたしには責任がない。今後、わたしは異邦人の方へ行く」といっています。パウロの伝道方法は、まず新しい町に行きますと、その町にあるユダヤ人の会堂からはじめていきます。この姿勢は、どの町での変わることがないのです。もちろん、アテネの町のようにユダヤ人の会堂がない場合は、そうではありません。フィリピの町のようにユダヤ人の会堂がない場合でも、ユダヤ人が集まる場所に行って、伝道をはじめていきます。パウロの伝道旅行を見ていくと、その通りになっていき、ユダヤ人に語り、ユダヤ人から迫害を受けることになっていきます。そのような流れから、もうユダヤ人には伝道しない。異邦人だけに伝道していくかといえば、その通りにはなりません。まず、ユダヤ人から伝道していくのです。

 パウロの中には同胞であるユダヤ人に対して、深い思いがあります。そのパウロの思いは次の言葉から分かってきます。

ローマ9:2~4

わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。

 パウロは同胞であるユダヤ人に対して、イエス・キリストの福音を受け入れて欲しいと深く願っていました。どんなに攻撃や迫害されても、その姿勢は変わらないのです。パウロは第2回伝道旅行で、コリントの町に入って行きました。そこでは、アテネでの伝道の結果を受けて、深い傷を負うことになりました。自分の伝道方法に悩みを持ち始めていたのです。また、コリントの町をはじめ、いろいろま町々や村々に入って伝道していきますが、ユダヤ人の激しい抵抗、迫害を経験していきます。ユダヤ人の救いに深い思いを持っているがゆえに、伝道の困難を感じていました。パウロでもどうしていけばいいのか分からない状態にあったのです。あのパウロがそのような伝道のスランプに入っていました。

 そのような時に、ある夜のこと、主は幻の中でパウロに「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ」といわれるのです。この主の語りかけは、パウロの大きな勇気を与えることになりました。パウロは、神をあがめるティティオ・ユストという人の家に移りました。彼の家は、ユダヤ人の会堂の隣だったのです。そして、奇跡が起りました。何とユダヤ人会堂の会堂長であるクリスポが、一家をあげて主を信じるようになりました。本当に驚くべきことです。ユダヤ人の反対の中で、その中心人物である会堂長クリスポが一家をあげて主を信じるようになったのです。また、コリントの多くの人々もパウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けたのです。パウロは1年半、コリントに留まって、人々に神の言葉を伝えていきます。このようなコリントでの働きがあって、2つのコリントへの信徒への手紙が生まれているのです。

 パウロのコリントでの伝道活動の様子をみてきました。深い傷を負いながらの活動でした。そして、悩めるパウロに神の言葉がありました。この神の言葉によって、パウロは再び伝道者として立ち上ることができたのです。私たちはパウロのような状況ではありませんが、伝道の困難を感じています。教会員の高齢化、教会会計の減少、若者が教会に来ないなどなどです。そのような私たちに、神は、パウロに語った言葉を今、語ってくださいます。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。この町にはわたしの民が大勢いるからだ」と。さあ、顔をあげて、イエス・キリストの福音を伝えていきましょう。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。パウロの悩みをみました。苦しみをみました。その時に、あなたの言葉を聞きました。パウロは再び立ち上がることができました。私たちも、あなたの言葉を聞いて、立ち上っていくことができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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