1月28日の祈祷会の内容です。

beach during sunset 祈祷会
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祈祷会    サムエル記下2:17~32「ダビデ家とサウル家の戦い」  2026.1.28

 イスラエルの最初の王サウルは、ペリシテ人との戦いで戦死しました。サウルの死からしばらくはイスラエルに指導者がいない状態が続きます。ダビデは、サウルの死を深く悲しみ、追悼の歌を詠みました。その後、ダビデは主の導きによってヘブロンに行きました。その時に、ユダの人々はダビデに油を注いで、ユダの家の王としました。その一方で、サウルの軍の司令官、ネルの子アブネルは、サウルの子イシュ・ボシェトを擁立してユダ族を除くイスラエルの王としたのです。イシュ・ボシェトは40歳で王となり、2年間王位にありました。ダビデはユダ族の王としてヘブロンで7年6ケ月間、王として留まりました。

 これからはしばらく、ダビデ家とサウル家の争いが続いていきます。アブネルはイシュ・ボシェトの家臣と共にギブオンに向かいます。一方、ダビデの家臣とヨアブも出陣します。サウル家とダビデ家の争いで、両軍はギブオンの池で出会い、一方は池のこちら側に、他方は向こう側に留まります。アブネルはヨアブに「若者を立てて、我々の前で勝負させはどうか」と申し入れます。ヨアブは同意して、サウル家から12人、ダビデ家から12人が出て、次々と戦いになっていきました。彼らはそれぞれに相手の頭を捕らえ、剣を相手の脇腹に突き刺し、皆共に倒れてしまいました。

ここから悲惨な戦いが始まっていきます。その日に、激しい戦いが続き、サウル家がダビデ家に打ち負かされました。ツェルヤの子ヨアブ、アビシャイ、アサエルも戦いに加わっていましたが、アサエルはかもしかのように足が速く、アブネルを追跡して後を追います。アブネルは振り向いて、「お前はアサエルだなあ」というと、アサエルは「そうだ」と答えます。アブネルは「右か左にそれて、若者の1人でも捕らえ、身に着けているものを奪ったらどうだ」といいましたが、アサエルはアブネルを追って離れようとはしません。アブネルは重ねて「追うのはやめてくれ。お前を地に打ち倒すわけにはいかない。お前の兄、ヨアブに顔向けできないではないか」というのですが、アサエルは頑として離れませんでした。アブネルは槍の石突きで、アサエルの下腹を突きました。アサエルは倒れ、その場に死んだのです。

アサエルが倒れて死んだ場所に来た者は皆、立ち止まりました。ヨアブとアビシャイはアブネルを追い続けるのです。ベニヤミン族はアブネルと合流し、一団となって1つの丘の頂に留まります。アブネルはヨアブに「いつまで剣の餌食とし合うのか。悲惨な結末になることを知らぬわけではあるまい。いつになったら、兄弟を追うのをやめよ、と兵士に命じるのか」と呼びかけます。ヨアブは「神は生きておられる。もしお前がそういいださなかったら、兵士は朝までその兄弟を追い続けただろう」と答えます。ヨアブは角笛を吹きました。兵士は皆、イスラエル軍を追うことをやめ、それ以上戦いを続けなかったのです。アブネルとその兵はアラバを夜通し歩いてヨルダン川を渡り、マナハイムに着きました。ヨアブはアブネルの追跡から戻り、兵士を皆集めました。ダビデ家のうち19人とアサエルが欠けていました。ダビデ家はサウル家の兵のうち360人を打ち殺しました。アサエルはベツレヘムに運ばれ、父の墓に葬られました。ヨアブとその兵は夜通し歩いて、明け方にヘブロンに着いたのです。サウル家とダビデ家の戦いは長引いたのです。ダビデ家はますます勢力を増し、サウル家は次第に衰えていくのです。

ヨアブの弟アサエルがアブネルに殺されてしまいました。ヨアブはこのことを忘れていませんでした。後に、アブネルはダビデ家の側につくことにします。これはサウル家がなくなり、ダビデ家が本格的にイスラエルの王とすることを意味していきます。その流れの中で、ダビデ家の将軍ヨアブはアブネルを殺してしまいます。弟アサエルを殺した復讐をアブネルにしているのです。悲しみがまた、新しい悲しみを生んでいきます。1つの憎しみから、また新しい憎しみを生んでいきます。人の行いの悲しみをみています。人の歴史は、このような悲しみや憎しみを続けているのです。

ここから、イエス様の言葉に聞いていきたいと思います。イエス様は次のように、私たちに語っています。

マタイ5:38~39

あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。

マタイ5:43~44

あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。

 人はいいました。「目には目を、歯には歯を」と、これは、やられたことを同じことで返せ。それ以上にしてはならないということで、復讐が広がることを止めている内容です。素晴らしい教えです。しかし、イエス様はだれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさいといいます。また、人はいいました。「隣人を愛し、敵を憎め」と。敵との戦いがあり、自分の隣人を愛し、敵を憎めというものです。その通りだと思います。しかし、イエス様は、敵を愛しなさいといいます。人がどうしたら、人との関りの中で、悲しむことなく、憎むことなくすることができるのでしょうか。イエス様の結論は、敵を愛することだというのです。私たちは敵を愛することはできるのでしょうか。非常に難しいと思います。でも、イエス様は敵を愛してくださいました。敵のために十字架にかかって死んでくださったのです。イエス・キリストの十字架の愛は、私たちに神を愛とは何かと教えてくれるものです。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。サウル家とダビデ家の争いをみてきました。戦うことによって、殺し合うことによって、互いに深い悲しみや憎しみが起って来ています。人の争い、殺し合い、憎しみ合い、その人の悲劇からどのように立ち直ることができるのでしょうか。イエス・キリストの言葉が私たちの心に響きます。敵を愛しなさいと。どうか、私たちの心の中に、イエス様の声が届きますようにと願います。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                              」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)

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