1月25日の礼拝の内容です。讃美歌は、151.561.462.505.29です。
礼拝説教 エレミヤ29:4~14「祈って信じる」(小椋実央牧師) 2026.1.25
人々は望みを抱いていました。すぐにでもエルサレムに帰れるに違いない。今はエルサレムから遠く離れたバビロニアにいるけれども、きっとまたすぐに社会情勢がかわって、バビロニアの支配が終わるに違いない。そうすれば大手を振って帰ることができる。あの美しいエルサレム神殿に行って、ささげものをささげて。そんな生活が、神さまを中心にした生活が、すぐに戻ってくると信じていました。希望は打ち砕かれました。エレミヤの手紙には70年と書かれています。バビロニアを脱出できるのは70年後。それを聞いて絶望しなかった人はほとんどいないでしょう。今でこそ人生80年、90年と言われていますが、当時の寿命はもっと短いはずです。生きているうちはエルサレムに帰ることはできない、と言われたのも同じことです。人々は礼拝から遠ざかっていました。神殿を失ってしまったからです。バビロニアに家や仕事を奪われただけではなくて、神を礼拝することそのものを取り上げられてしまった。まるで私達の手元から神ご自身を奪われてしまったかのように、神そのものがなくなってしまったかのように思っていました。ですから、礼拝という可能性は全く考えていなかったのです。
しかしエレミヤの手紙には、思ってもみないことが記されていました。「家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい・・・」(5~7節)人々はバビロニアは異教の地だと思っていました。神を信じないで、神を礼拝することもなく、汚れた土地と汚れた人々だと思っていました。それは事実でした。それでもなおエレミヤが語ったのは、汚れた地においてこそ、神殿のない場所でさえも、神を礼拝することが可能であるということ。何故なら神さまはエルサレムにとどまっておられる方ではなく、あなたを訪ね求めてくださる神だから。神の名を呼び、祈り、心をこめて尋ね求めるならば神さまは出会ってくださる方だから。
私達が日曜日のこの時間しか、教会でしか神さまにお会いできないのだとしたら、大変困ります。もしそうだとしたら病気をして礼拝を休んだり、日曜日に仕事があろうものなら、何週間も神さまにお会いできない、なんてことになってしまいます。神さまはあなたを尋ね求めてくださる神です。マタイによる福音書の中でイエスさまもそのようにお語りになっています。二人、または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。私達の神さまは、日曜日の礼拝が終わって教会を後にしたら、とたんに効力のなくなるようなお方ではありません。誰も神さまを知らない、誰も神さまを信じないような環境に置かれていたとしても、神さまを求める私達の声を聴き、探し求めてくださるのが、私達の神さまなのです。
2026年、1月最後の主日に開かれた聖書のみ言葉は、預言者エレミヤの手紙です。故郷から遠く離れ、バビロンで囚われの身になっている人々のところにエレミヤの手紙が届きました。29章のはじめの部分を見ると、エレミヤはまだエルサレムにとどまっていることがわかります。エレミヤの手紙の中で、偽の預言者がいたことがほのめかされています。8節、9節の部分です。偽の預言者たちはどんなことを語っていたかというと、このバビロン捕囚は2年足らずで終わる、ということ。ちょうど今日お読みした聖書の1ページ前にハナンヤという偽預言者の言葉が記されています。「2年のうちにバビロンの王の軛を打ち砕く」捕虜としての生活は2年で終わるから、希望を抱いて、辛抱して待ちなさい、ということを呼びかける偽の預言者がいたのです。困難の中にいる時、耳障りの良い言葉を求めてしまうのは古今東西変わらないことです。どうしても、楽な方に流れてしまいたい。楽な道を選びたい。いつ国へ帰れるかどうか分からない時に、「2年で帰ることができる」という言葉を聞いたら、だれでもすがりたくなるものです。2年というのは長いようでいて、過ぎてしまえばあっという間です。待てなくもない時間。人々がこの偽預言者の言葉にとびついて浮足立っていたのは想像できる気がします。
その偽預言者のせいかどうか分かりませんが、イスラエルの捕囚民たちが、バビロニアで反乱を起こす、という事件があったようです。偽預言者の言葉にそそのかされて、行動を起こした人たちがいました。手っ取り早く自分たちに課せられた軛を打ち砕いて、エルサレム逃げ帰りたい。勿論イスラエルの人たちの反乱は失敗に終わり、そのことに対する釈明を、説明責任をイスラエル側は求められていたようです。7節にある、その町のために祈りなさい、バビロニアのために祈りなさい、という言葉は、イスラエルの人たちが起こした反乱に対する反省の姿勢でもあったのかもしれません。故郷を離れ、ささやかな反乱にも失敗した捕囚の民の元へエレミヤの手紙が届きます。これまでエレミヤは厳しい言葉を語っていましたから、エレミヤの手紙を受け取って、特別うれしいという感情はなかったかもしれません。しかし異国にあって、慣れない場所にあって、故郷の空気を感じる手紙は大変力づけられるものです。みなさまにもきっと似たような経験がおありかと思います。連絡事項はメールやlineで済ませることの多い今日このごろですが、やはり大事な時にはペンをとって手紙をしたためたい、ということを改めて感じました。エレミヤの手紙の内容は、この囚われの身の生活は2年で終わるなどという生易しいものではなく、70年も続く、ということをはっきりと語ります。すぐにでも帰れると思っていた人たちは、別の意味で目が覚めるような思いがしたことでしょう。曖昧だった判決がはっきりと言い渡されて、かえって気持ちを切り替えることができる、という人もいたかもしれません。エレミヤの言葉は、そのように気持ちをすっぱりと切り替えて、つまりバビロニアに反乱を起こそうなどとは企てずに捕囚民として模範的に過ごしなさいと書き送ります。
エルサレムから連れてこられた人たちはおそらく着の身着のまま、いつでも国に帰れるつもりでだらしなくその日暮らしをしていたのでしょう。しかし、それを改めて、バビロニアに骨をうずめるつもりで生活をしなさい。家を建てて、木を植えなさい。生活の糧を得る努力をしなさい。
家族を養い、子どもを育てて、エルサレムにいた時のように神の民らしくしっかりと生活をしなさい。それだけではありません。神さまはバビロニアのために祈りなさいと語ります。バビロニアで幸せに暮らすことによって、ようやくあなた達に平安が与えられるのだから。だからバビロニアの平安を願いなさい。注目したいのは7節のこの言葉です。わたしが、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。わたしがあなたたちを送った。神さまが私たちをバビロニアに捕囚として送った。神をも恐れない異教の民、バビロニアに捕虜として連れてこられたのは、神さまのご計画のうちにあった。神さまがバビロニアに臨んでくださって、神さまがバビロニアを通して私たちを捕虜として連れてきたというのです。これはイスラエルの人たちにとってショッキングなことでした。神さまがバビロニアから守ってくださるのではなくて、神さまが積極的にバビロニアに私たちを連れてきた。バビロニアに連れてこられることを、神さまが良しとされていた。しかし、それは神さまが私たちに罰を与えようとしたからではありません。「主はこう言われる。バビロンに・・・」(10~11節)神さまは平和の計画のために、人々をバビロンへと連れてきました。それはエルサレムへと連れ戻すため。70年間、バビロンで訓練されて、より神の民としてふさわしい姿となってエルサレムに戻るために、バビロニアに連れてこられた。
私たちはしばしば大きなトラブル、小さな事件に巻き込まれて、頼んでもいない環境に置かれたり、望まない人間関係を結ばなければならないことがあります。というよりも、自分で自分の人生を選択できる場面というのは限られていて、ほとんどのことに抗うことできない日々だ、と言ってもいいかもしれません。その抗うことのできない出来事や、断ることのできない人物であったり、過ぎ去ってしまう時間のすべてにおいて、その原因の元となっている人や出来事を探し出して、犯人捜しをして、「これのせいで私は困っているんだ」「この人のせいで私は傷ついているんだ」と間違っていることをずらずらと列挙してみたところで、気持ちはちっとも休まらないものです。事実が分かったところで、何も解決しない。事実は人を救わない。むしろ事実を知ったことで自分自身が傷つくこともあります。事実を並べ立てたところで、私は幸せにはなれないのです。バビロニアのせいで私たちは不幸だ。そう嘆く人々に、神さまはバビロニアのために祈れ、と命じました。自分を迫害するもののために祈りなさい、イエスさまもおっしゃっています。敵のために祈ることが大事なのは、私たちも重々承知です。そうしなければならない、敵のために祈ることが大事なのはわかっているけれども、なかなか腰が重い。そもそも祈ろうと思っても憎たらしい相手の顔がうかんできて、どうやって祈ったらいいのかわからない。それが現実かもしれません。
しかしそのまま祈ったらいいのだと思います。神さま、バビロニアのために何を祈ったらいいのか分かりません、という祈りです。祈ろうと思いますけど、バビロニアのことが憎たらしくてたまりません、という祈りもあるかもしれません。大事なのは、何か一つ、神さまにむかって言葉を発することです。神さま、醜い心の私を救ってください、と呼び掛ける時、すでに私たちの心はバビロニアから離れて神さまへと向かっています。祈ることで、敵に支配されていた私ではなくて、神の支配の元へと置かれるのです。祈ることで、私の頭が敵ではなく、私の頭は神ご自身であることを再確認するのです。私たちは神さまのものですから、敵の支配に、体だけではなくて魂まで支配されてはならないのです。敵に捕らわれ、誰一人神の名を呼ぶ者がいない中にあっても、「神よ」と呼ぶことで私たちは神のご支配を確かなものとするのです。
年が改まり、年度の終わりが見えてきた今、教会では少しずつ総会の準備を初めています。先日教会学校の教師会でも、総会の準備として今年度取り組んだこと、来年度やってみたいこと、を話し合いました。今年度取り組んだことのひとつに、宿泊を伴う夏のつどいを行うことができました。これまで子どもの人数が少なかったり、コロナ禍であることを理由に実施できていなかったのですけれども、何年ぶりに行うことができました。数年ぶりのお泊り行事でしたのでなかなか体にこたえたのですが、子どもたち同士の仲がより一層深まって、また高校生、大学生のお兄さんたちがお手伝いをしてくれて、神の家族らしい、楽しいひとときを過ごすことができました。もうひとつ、今年度新たに取り組んだことのひとつとして、ちょうど6年前、緊急事態宣言のあった時から休んでいたCS教師の学びを再開したことがあります。時間にして、毎月ほんの10分、15分程度のことですけれども、あの頃は密を避けて、会議もWEBで行ったり、会議ではぶけるものはとことん省いて最低限のことしか話し合っていなかったので、長らく学びの部分はお休みになっていました。しかしコロナが五類になったこともあり、インフルエンザと同じように感染には気を付けながら、日常生活が送れるようになりましたので、一昨年前から準備をして、2025年の5月より、学びを再開しました。
1冊の本を1章ずつ、輪読していくのですけれども、この時候補が3つあって、1つは祈りについて、ふたつめはキリスト教の歴史、みっつめが子どもに語る言葉を学ぶということで、病院過ごす子どもたちのカウンセラーとして働いておられる方の実践的な記録。1つめが祈りについて、2つめがキリスト教の歴史、3つめがカウンセラーの実践的な記録。この3つの本を用意して教師のみなさんに選んでいただいたんですけれども、祈りについて学びたい、という言葉が一番多かった。これは本音を言うと、意外だな、というのが私の感想でした。というのは、祈りについては聖書にもいくつか記されているし、説教の中でたびたび触れることもある。正直、祈りについては、もうだいたい分かっているから、改めて学ばなくてもいい、という意見が出るのかな、と思っていたのです。ところがふたをあけてみたら、やはり祈りというのがよく分からないから、祈りについて学びたい、という意見が多かった。信仰生活が何年、何十年と積み重なっても、自分は十分に祈ることができるようになった、ということはない。どうも自分は、うまく祈ることができていないのではないだろうか。そんな不安を持つ方がおられるのだということが良く分かりました。
そこで4月から、祈りについて、「三位一体の神と語らう」というタイトルはなかなか壮大ですが、しかし一人の牧師がご自身の経験にもとづいて、理想論だけでは終わらない、地に足のついた、今日からでもすぐに真似をして始めることができるような本を読んでいます。読めば読むほど、祈りというのがどういうものか、どんな構造をしていて、どんな心持で祈ればいいのかということはわかってくるのですけれども、しかし結局のところ、同じ信仰を持つどなたかと共に祈ることでしか、祈りは上達していかない、ということに気づかされます。上達、という言葉はふさわしくないかもしれません。しかしあえて分かりやすく「上達」という言葉を使いますと、かつて自分たちがどのように祈りが上達してきたかというと、やはり信仰の先輩方と共に祈る中で、祈り方を教わってきました。私が中学生ぐらいの時に信仰の先輩がたの祈りを聞いて学んだことのひとつは、例えば雨の日に「恵みの雨を感謝します」と感謝するのだなぁ、ということでした。それまでは雨の日と言えば制服や靴がぬれたりして、あまり気分のいい日ではなかったのですけれども、これを恵みと感謝することで、自分自身の心まできれいに洗い流されるような思いがしました。いつの時点でそう思ったのかは思い出すことはできないのですが、どなたかの祈りから、日常生活の中で折に触れて神に感謝をささげるということを学んだのです。
おそらくどなたもそのようにして、祈りの言葉を獲得してきた。とりなしの祈り、感謝の祈りを、どなたかの祈りをなぞるようにして学び、自分の祈りとしてきたのではないかと思うのです。先日の教師会で読んだ本では「ともなる祈り」がテーマになっていました。先ほども申し上げたように、信仰に入ったばかりのものが信仰の先達から祈りの言葉を受け継いでいく。教会ではたびたび共に祈る、という機会があるのですけれども、同じ場所で、同じひとつのテーマで、例えば平和について祈るというテーマがあったとして、ろくに相手の言葉もよく聞かずにお題目のようにアーメンと唱えているだけではともなる祈りとは言い難い。ひとつの祈りになっているとは言えない。一方で、場所が離れていても、異なる時間であっても、同じ一つの事柄に心を注いで祈るならば、それはともなる祈りと言えるのではないか。ひとつの祈りと言えるのではないか。そういうことをテキストから学びました。
二人、または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。イエスさまがそのようにおっしゃいましたけれども、これは必ずしも時と場所を限定したものにはならないのではないか。今、病床で、あるいはご自宅で礼拝を守っておられる方もおられると思うのですけれども、その方たちの祈りもやはり私たちの祈りとひとつになって、ともなる祈りになっていくのではないかと思うのです。そして私たちが繰り返し直面するのは、どのように祈ったらいいのか分からない、ということです。まだ信仰生活を歩み始めたばかりの方ばかりでなく、信仰生活が何十年という方でも、自信をもって祈る、ということは難しいものです。はたから聞いていると流ちょうに祈っているようでありながら、案外しどろもどろになっていることもあるでしょう。
そしてバビロニアに捕らえられた捕囚の民のように、敵国のために祈る時には、ますますどのような言葉で祈ったらよいのか分からなくなってしまうのです。しかしさきほども申し上げたように、とりあえず神さまに呼びかけてしまえばいいのです。神さま、祈ることばが思いつきません、という祈りもいいかもしれません。大事なのは敵に支配されることではなく、神に支配されることです。神さまに呼びかけ、神さまにすがって、神さまに自分を明け渡してしまうのです。祈りとは、信じていれば、いつか自然に祈ることができる、と言うたぐいものではありません。むしろ、よく分からないけど見様見真似で祈り始めて、祈るからだんだんと信じることができるようになる。祈りの言葉が私たちの信仰を養い、育ててくれるのです。絶望の中でもなお祈ることを命じられているのは、どこにおいても神さまのご支配があることを、私たち自身が信じるために、祈るという行為が必要なのです。神さまを信じるから祈ることができるのではなく、祈るから神さまを信じることができるようになるのです。
2026年を迎え、新しい年の一か月目を終えようとしておりますけれども、何はともあれ難しいことはわきに置いて、まずは神の祝福を祈り、敵のために祈り、隣人のために祈る、祈りの群れでありたいと願っています。この祈りの言葉が私たちを成長させ、祈りが教会の歩みを豊にして、なお一層神さまを信じる群れへと造り変えていただける。教会に連なる喜びを分かち合って、祈りつつ、信仰の歩みを重ねていきたいと思います。
<祈り>ご在天の父なる神さま。共に集められ、礼拝にあずかる幸いを感謝いたします。心のうちにある思い煩いをすっかり取り払って、あなたが私たちを支配してください。憎しみや、迷い、怒りから私たちを解放してください。あなたを呼び求め、あなたとの交わりに生きる喜びを得させてください。私たちのつたない祈りをもあなたが耳を傾けてくださることを心から感謝します。今日も、明日も、明後日も、祈ることができますように、いつも私たちをとらえ、導いてください。この祈りを主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。


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