9月7日の礼拝の内容です。讃美歌は、211.403.430.452.78.26です。
礼拝説教 使徒18:12~17「ガリオンの働き」 2025.9.7
9月の第1の日曜日を迎えました。2025年度も半分を終えたということになります。時の流れの早さをしみじみを感じる日々です。私たちは日曜日に、教会に集まり、神を礼拝しています。当たり前に、日曜日に教会に集まることができますことを感謝したいと思います。
使徒言行録を読んでいます。使徒言行録は、初めての教会の歩みが書かれてあります。エルサレムに教会が誕生し、イエス様の弟子たちによって、イエス・キリストの福音が当時の世界中に届けられようとしています。使徒言行録の後半はパウロの活躍が書かれてあります。今日の聖書の箇所は、パウロの第2回伝道旅行の終りの方のことが書かれてあります。コリントでの伝道の様子が書かれてあります。パウロらの伝道によって多くのユダヤ人や異邦人が福音を受け入れ、洗礼を受けて、教会が誕生して行き、成長していきます。その一方で、ユダヤ人からの激しい抵抗にあい、パウロらは命の危機に陥ることもあります。パウロは自分の伝道活動を振り返って次のように書いています。
2コリント11:23~28
苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。
ここを読んだだけで、パウロにとってイエス・キリストの伝道は命がけだったことが分かります。使徒16章のフィリピでの伝道の時に、伝道活動によって、逮捕され、衣服をはぎ取られ、鞭打ちを受け、投獄されたのです。足には木の足枷がはめられました。そのような危難が次々にパウロたちを襲います。自分の命の危機を感じながらも、パウロの伝道は後退することはありません。前進して行くのです。そのエネルギーはどこから来るのでしょうか。本当にすごいとしかいうことはできません。アテネでの伝道は、パウロによって辛い経験になったようです。パウロはアテネからコリントに行った時の様子を「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」(1コリント2:3)といっています。
このコリントでの伝道の時は、一組のユダヤ人夫婦に出会います。アキラとプリスキラです。同じテント造りの職業で助け合うことができました。また、シラスとテモテも合流しました。ここでパウロは御言葉を語ることに専念することができました。しかし、またもやユダヤ人は反抗し、口汚くののしるのです。パウロは怒って「これからはユダヤ人ではなく、異邦人に伝道行く」と宣言しています。パウロの困難な伝道は続いていきます。でも、ユダヤ人の会堂長クリスポが一家をあげて主を信じるようになっていくのです。本来なら、一番にパウロに対して敵対するはずの会堂長が、イエス・キリストの福音を信じるようになっていく奇跡が起っているのです。また、コリントの多くの人々もパウロの言葉を聞いて、信じ、洗礼を受けていくのです。コリントでの苦難の伝道の中で、神は幻の中で「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしはあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町にはわたしの民が大勢いるからだ」とパウロのいうのです。この神の言葉は、パウロにとって大きな励ましになっていきました。パウロはコリントで1年半かけて伝道していくのです。
そして、この1年半のコリント滞在中に起ったことが今日の聖書の箇所です。ガリオンという人がアカイア州の地方総督であった時のことです。ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って「この男は、律法に違反するようなしかたで神をあがめるようにと、人々を唆しております」といいました。パウロにとっては何度もユダヤ人から受ける試練です。フィリピでの体験を思い出したのかもしれません。パウロはどのような思いでいたのでしょうか。
この時に、不思議なことが起ります。パウロが話し始めようとした時、ガリオンがユダヤ人に向かって「ユダヤ人諸君、これが不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、当然諸君の訴えを受理するが、問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。わたしは、そんなことの審判者になるつもりはない」というのです。そして、ユダヤ人たちを法廷から追い出してしまいます。当時のローマ帝国にとって大切なことは平和で争いがないことです。そうであれば、できるだけその地方の自治を許していました。その対応の中で、アカイア州の地方総督であったガリオンは、ユダヤ人がパウロを訴えている内容は、ユダヤ人たちの教えの問題であり、ローマには関係のないことで、自分たちでその問題を処理するようにということです。初期のキリスト教はローマ帝国の中で、自由に伝道することができました。ローマ帝国の保護のもとで伝道することができたということもできるのでしょう。時代が変っていきますと、状況は変っていきます。ローマ皇帝ネロの時代から、キリスト教の弾圧の流れになっていきます。まだその時は来ていません。
このコリントでのパウロは、ガリオンの判断によって保護されることになっていきます。不思議なことが起っていくのです。異邦人のガリオンによって、パウロは危機から逃れることができ、またその後、自由に伝道することができていくのです。ガリオンの働きを神の働きということはどうかと思いますが、そのように捉えることもできると思います。時には第三者の手によって、導かれるということも起っていきます。ガリオンによって、法廷から追い出されたユダヤ人たちは、会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で殴りつけるのです。しかし、ガリオンはそのことに全く心に留めなかったといいます。ここでも不思議なことも起っていきます。それまでの会堂長であったクリスポが一家をあげて主を信じる者となりました。それは、会堂長をやめるということを意味します。その後に、会堂長となったのが、ソステネということになります。ユダヤ人たちの苦々しい思いを、一身に受けたのがソステネということになります。この時に、ソステネはどのような思いだったのでしょうか。実際には分かりませんが、実は、パウロに近い者となっていきます。つまり、前のクリスポがイエス様を信じるようになったように、ソステネもイエス様を信じるようになっていくのです。パウロはコリントへの信徒への手紙の中で、次のように書いています。
1コリント1:1~3
神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
パウロはコリントへの信徒への手紙の最初に、「神の御心によって召されてイエス・キリストの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ」と書いています。あのコリントで、ガリオンの判断によって法廷を追い出されたユダヤ人から、法廷の前に殴られたソステネです。その後、ソステネがどのような歩みをしていたのかを具体的に知ることはできませんが、パウロがコリントへの信徒への手紙を書く時に、最初に紹介しているのがそのソステネなのです。ソステネは、その後、神に導きによって、イエス・キリストの福音を受け入れて、洗礼を受けて、コリントにある教会に加わっていきます。そして、パウロの働きを手伝うようになっていったのです。その後、パウロとコリントの教会とはいろいろな対立が起って来てしまいます。その対立の問題のために、パウロはコリントの信徒への手紙を書く必要がありました。もしかしたら、ソステネはパウロとコリント教会を橋渡しする役割を担ったのかもしれません。
教会の役割は、神を礼拝し、福音を地域の人々に伝えていくことです。もちろん、私たちの伝道の努力も必要です。それ以上に、神の働きも期待するといいますか、そのような信仰が必要だと改めて思います。教会の中に神が働いてくださるのです。私たちを通して、神ご自身が働いてくださいます。
祈り 神よ、あなたを皆で礼拝することができましたことを心から感謝します。使徒言行録から、神の働きを見てきました。パウロらの伝道の働きもあります。それ以上に、あなたご自身が働いてくださることをみてきました。地方総督であったガリオン、会堂長のソステネなどです。私たちはあなたへの信仰を持って、神ご自身の働きをみることができますように導いてください。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


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