4月12日の礼拝の内容です。

beautiful clouds in the sky 礼拝
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4月12日の礼拝の内容です。讃美歌は、18.325.394.405.26です。

礼拝のオンライン配信は、「瀬戸永泉教会」YouTubeチャンネルから入ってください。

礼拝説教       使徒22:12~16「立ち上りなさい」     2026.4.12

 4月の第2日曜日を迎えました。1週間の初めの日曜日に、このように教会で皆様と共に神を礼拝することができますことを心から感謝します。2025年度から2026年度がすでに始まっています。社会は新しい年度の歩みを始めています。2026年度は、皆様の中でどのような歩みといいますか、目標というのがありますか。はっきりと決めた人もいると思います。まだ、何も考えていない、決めていないという人もいるでしょう。何か1つでも取り組むべき課題があるといいと思います。また、人生の中で大きく変る時というのがあると思います。人生の中で順調な時、逆境な時があります。人生の中で大きく変る時といいましたが、それは順調な時でしょうか。それとも逆境な時でしょうか。それは逆境的な時だと思います。

 使徒言行録を今年度も引き続き読み続けていきたいと考えています。使徒22章は、パウロが3回に渡る伝道旅行を終えて、念願だったエルサレムに到着したのです。それは、パウロにとって新しい困難の道の始まりです。パウロの伝道旅行の際もユダヤ人からの迫害や攻撃が続いていました。エルサレムではパウロの逮捕と裁判、そして囚人としてローマへの旅となっていきます。エルサレムでのパウロは神殿に出入りしていた時に、ユダヤ人に見つかって逮捕され、殺されそうになっていました。そこへローマ兵がやって来て、パウロを助けたという構図になっていたのです。エルサレムでユダヤ人に見つかったパウロは、本当に殺されかけていました。ローマ兵が来なければ、本当に命を落としていたでしょう。ローマ兵に助けられたパウロは、ローマ兵から許可を受けて、自分を殺そうとしていたユダヤ人たちに向かって、パウロ自身の回心物語を語り始めています。

 パウロはキリキア州のタルソスに生まれたユダヤ人でした。そして、エルサレムに留学し、ガマニエルのもとでユダヤ教の律法について厳しい教育を受けていました。目の前にいるユダヤ人と同じく熱心に神に仕えていたのです。最初、パウロはキリスト教徒を迫害し、男女を問わず、縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしていました。更に、ユダヤ教を守るために、遠くダマスコまで行き、大祭司や長老全体から手紙までもらい、キリスト教徒を迫害し、見つけ縛り上げて、エルサレムへ連行して、処罰するために出かけていたのです。ここまでのパウロはキリスト教徒を迫害することが、神の御心だと信じていました。キリスト教徒を見つけて、縛り上げて、エルサレムまで連行し、処罰することが大切だと思い、その通り行動していたのです。ユダヤ教徒として神の御心に適った正しい行為だと信じて疑うことなく、行動していたのです。そこには迫害者パウロの姿がありました。

 そのパウロが、ダマスコへ向かっていました。それは、ダマスコにいるキリスト教徒を見つけ、迫害するためでした。旅を続けていたパウロがダマスコに近づいた時、真昼頃、突然、天からの強い光がパウロの周りを照らしました。パウロは地面に倒れて、「パウロ、パウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」という声を聞いたのです。パウロは「主よ、あなたはどなたですか」と尋ねると、「わたしはあなたが迫害しているナザレのイエスである」との答えがあったのです。パウロは「主よ、どうしたらよいでしょうか」と申しますと、主は「立ち上ってダマスコへ行け。しなければならないことは、すべてそこで知らされる」といわれたのです。パウロは、その光の輝きのために目が見えなくなっていたので、一緒にいた人たちの手を引かれて、ダマスコに入って行きました。

 ダマスコへ向かうまで、パウロは自分自身、進んで歩んでいました。他の人よりも先に出ていたと思います。しかし、天からの光を浴びたパウロは、目が見えなくなりました。そのために他の人々の手を必要としていたのです。他の人々の手に引かれなければ、一歩も先に進むことはできませんでした。これはパウロ自身の大きな人生の転換を現わしています。天からの強い光は、イエス様からの光です。その光を浴びて、パウロは今までの自分が進んで来た道が間違っていたと感じたのです。そして、強い光の中で、真の道を探し始めていくのです。でも、1人では歩くことはできませんでした。他の人々の導く手が必要だったのです。

 ダマスコに入るとアナニアという人がいました。律法に従って生活する信仰深い人で、ダマスコに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人だったとあります。アナニアがパウロのところに来て、「兄弟パウロ、元どおり見えるようになりなさい」というと、パウロの目が見えるようになりました。そこで、パウロはアナニアを直接に見ることができるようになりました。

 アナニアは「わたしたちの先祖の神が、あなたをお選びになりました。それは御心を悟らせ、あの正しい方に会わせて、その口からの声を聞かせるためです。あなたは見聞きしたことについて、すべての人に対してその方の証人となる者だからです」と告げました。

 パウロが最初は、熱心なユダヤ教徒であり、キリスト教徒を迫害することが、神の御心であると信じて、熱心に迫害者として行動していたことを見てきました。それが、ダマスコの途上で、天からの強い光を浴びて、その場で倒れてしました。今まで、自分が信じて、行動して来たことが間違っていたと示されたのですが、そのような時に、人はいったいどのようになってしまうのでしょうか。とても辛いことだと思います。後悔して後悔してもしきれない切実なことだと考えるのです。そして、イエス・キリストから光を浴びて、新しく、イエス・キリストを信じる者へと変えられる。そのためには何が必要なのでしょうか。もちろん、イエス・キリストの導き、聖霊の導きが必要です。それと共に、アナニアの役割が必要だったのです。

 ダマスコに住んでいたアナニア、イエス様の指示があり、パウロのところに行くようにと導かれるのです。当然のように、アナニア自身、パウロのことを知っていました。キリスト教徒への迫害者としての姿です。パウロがダマスコに来た目的は、キリスト教徒を見つけて、捕え、エルサレムに連行し、処罰するためです。いってみれば、パウロがダマスコに来た目的は、ダマスコに住んでいたキリスト者アナニアを見つけ出し、捕え、エルサレムに連行し、処罰するためでした。アナニアにすれば、パウロは自分の敵といってもいい人でした。その敵のパウロのところに行けとイエス様は命じるのです。使徒9:15に「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなければならないかを、わたしはパウロに示そう」と書いてあります。そこで、アナニアは出かけて行って、パウロのいるところに行きます。

 「兄弟パウロ、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです」とアナニアはパウロにいうのでした。すると、たちまち目からうろこのようなものが落ちて、パウロは元どおり目が見るようになりました。そこで、身を起して、洗礼を受けて、食事をして元気を取り戻すのです。アナニアはパウロに「今、何をためらっているです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて、罪を洗い清めなさい」というのです。

 パウロが迫害者から伝道者になるためには、イエス様からの天からの強い光と、ダマスコにいるキリスト者アナニアの手が必要だったのです。実際、キリスト者との出会いが必要でした。アナニアは敵だったパウロを「兄弟!」として呼んでいるのです。

 パウロは今、自分を殺そうとしていたユダヤ人たちに呼びかけています。「兄弟!」として呼びかけているのです。かつてアナニアが自分に「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい」と手を差し伸べてくださったことを思い出しています。そして、あなたがたも、イエス・キリストの十字架の福音を受け入れて欲しいと心から願っています。イエス様は、迫害者パウロを選ばれたのです。そして、伝道者として歩むように導かれています。

祈り 神よ、日曜日にあなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。パウロは変えられました。迫害者から伝道者としてです。その働きのために、イエス様ご自身と、聖霊を、アナニアの手が用いられました。私たちは、あなたの導きを信じています。神の子であるイエス・キリストの光の中で、歩むことができますようにと願います。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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