祈祷会 サムエル記上14:38~52「イスラエルの最初の王サウルの歩み」 2025.7.9
サムエル記では、イスラエルに新しい王が誕生します。最初に選ばれた王がサウルでした。サウルは、神によって選ばれた王でした。神の目からすれば、サウルはイスラエルにふさわしい王として見えたのでしょう。そのサウルですが、最初は神への信仰者として登場して来ますが、少しずつ、自分への思いが強くなり、神への信仰心は薄くなっていきます。サムエル記は、そのイスラエルの最初の王として登場して来たサウルを神からもサムエルからも見捨てられていく様子を描いています。そして、最後は悲しい死を遂げていきます。サウル王の歩みを通して、人間の弱さとは何かを私たちに伝えていこうとしています。
サウルの時代、イスラエルはペリシテ人との戦いが続いて行きます。サウルが王となって2年目に、ペリシテ軍と戦いになっていこうとします。この時に、サウルの元には3000人の兵士がいました。敵であるペリシテ軍は大軍です。軍事力を見ればイスラエルは圧倒的に不利な状況にありました。この時にサウルの息子ヨナタンは、神を信じて、ペリシテ軍と戦いに出て行きます。たった2人で出て行きます。最初の攻撃で、ペリシテ軍の守備隊20人を倒していきます。その時に、神によって大地震が起り、更にペリシテ軍が混乱します。ついには同士討ちまでしてしまいます。ペリシテ軍の混乱を知ったサウルの軍隊は一斉に攻撃をして来ます。また、ペリシテ軍の中にいたイスラエルの兵も、イスラエル軍に加わって戦っていきます。また、エフライムの山地に身を隠していたイスラエルの人々もペリシテ軍が逃げ始めたと聞くと戦いに加わって、ペリシテ軍を追っていきます。サウル王の息子ヨナタンと兵士の働きで、イスラエルに有利に戦いは進んでいこうとしています。
この時に、サウルはイスラエル軍にある誓いを立てていました。それは、「日の落ちる前に、私が敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ」というものでした。兵士の誰も食べ物を口にする者はいなかったのです。この地方では森に入りさえすれば、地面に蜜があったのです。兵士が森に入ると蜜が滴っていましたが、誰も蜜を口に入れる者はいませんでした。サウル王の呪いの誓いを知っていたからです。イスラエルの兵士たちは飢えで苦しんいる状態になっていました。サウルの呪いの誓いのゆえに、飢えで苦しみことになってしまったのです。ヨナタンはサウル王の呪いの誓いを知りませんでした。そのために、口に蜜をつけて目が輝いていくのです。食べた後で、兵士がサウルの誓いを話すと、サウルの誓いを批判します。兵士に飢えによって、十分な戦いができなっているという批判です。
イスラエル軍はペリシテ軍を追っていきます。兵士は非常に疲れていました。ついに兵士は戦利品に飛びかかり、羊、牛、子牛を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べてしまいました。血を含んだまま肉を食べることを律法は禁じていました。兵士がそのようになってしまったのは、サウルの呪いの誓いのゆえでした。サウルは、兵士たちに罪のことをいい、大きな石を持って来させて、初めて主のために祭壇をつくり、ささげものをして、兵士たちに自分たちの家畜を連れて来て、血を取り除いたままで食べることをさせていきます。表面的なことで終らせようとしていました。
さて、サウルは祭司の勧めもあって、神に「ペリシテ軍を追っていくべきでしょうか」と尋ねます。しかし、この時に、神はサウルに答えられませんでした。サウルは、イスラエルの中で、自分の呪いの誓いを破った者がいると判断して、くじ引きによって犯人捜しをします。神がサウルに答えてくれなかったっこと、それが神の答えでした。すべてはサウル自身の罪によって、兵士の罪を起してしまったのです。そのことにサウルは気づいていません。そこで、誓いを破った者を捜そうとして、くじ引きを選択するのです。くじでヨナタンが選ばれました。ヨナタンは父サウルに、自分が蜜を食べたことを告白しています。しかし、この時にヨナタンは父の呪いの誓いを知りませんでした。そのことを言い訳にすることなく、食べたことを正直に話しています。サウルはヨナタンに「お前は死ななければならない」とはっきりといいます。サウルは自分のした過ちのことを知らずに、ヨナタンの死を宣言している。ヨナタンはサウルの誓いを知らなかったとはいわない。どうしてなのだろうかと思います。
しかし、ここで今まで、沈黙を守っていた兵士がはっきりと反対の意をいいます。サウルに「イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ぬべきだというのですか。とんでもないことです。今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです。神は生きておられます。あの方の髪の毛一本も決して地に落ちてはなりません」とはっきりといっています。サウルは自分に兵士たちの指示がなければならないと感じて、この兵士の言葉を受け入れたのでしょうか。サウルの権威が落ちて、兵士の言葉を受け入れること、サウルの最後の日々が近づいているようです。サウルはペリシテ軍をそれ以上追わず、引き上げます。ペリシテ軍も自分たちの所へ戻って行きます。
次に、サウルがイスラエルの王権を握って、周りのすべての敵との戦いの勝利のことが書いてあります。モアブ、アンモン人、エドム、ペリシテ人、アマレク人などです。また、サウルの家族のことも書いています。サウルの息子ヨナタン、イシュビ、マルキ・シュア。娘の中で姉はメラブ、妹がミカル。サウル軍の司令官アブネルなどです。サウルの一生を通じて、ペリシテ軍との激戦が続いたこと、サウルは勇敢な男、戦士を見れば、皆召し抱えたことも書いています。サウル王の歩みを見ながら、何が神から離れていったのか、自分の思いを優先していく、自分の罪の本質を見ることができなっていく、そのことをしっかりと見ていきたいと思います。私たち自身に通じるものがあるはずです。
祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。サウル王の歩みを見てきました。サウルは最初、神の前に謙遜で歩んでいました。それが王となってから次第に神から離れていってしまいます。結局、自分の思いを優先し、神の思いは二の次になってしまいます。どうして、そのようなことになってしまうのでしょうか。そのことを私たちがしっかりと受け止めることができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


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