1月4日の礼拝の内容です。讃美歌は、351.368.433.467.81.26です。
礼拝説教 使徒20:17~24「自分の決められた道」 2026.1.4
新しい年が始まって最初の日曜日を迎えました。2026年の初めの日曜日に、このように皆様と一緒に神を礼拝することができますことを心から感謝します。この礼拝を通して、私たちの1年間の歩みが主の導きによって豊かでありますようにと祈ります。この2026年の歩みは私たちにとってどのような歩みとなるのでしょうか。何を大切して歩んで行けばいいのでしょうか。今日は、使徒言行録よりパウロの歩みを参考にしながら、自分たちの歩みを考えていきたいと思います。
私は、この年も礼拝の中で使徒言行録を読んでいきます。どうぞよろしくお願い致します。今日の聖書の箇所は、パウロの第3伝道旅行の後半の部分、ミレトスに於いてエフェソの教会の長老たちに別れの言葉を語っているところです。パウロのエフェソの教会の長老たちに対する告別説教ということができます。実際に内容は、使徒20:17~35です。この部分を私は3回に渡ってみていきます。今日は、その最初のところです。パウロはここまで3回に渡る伝道旅行をしています。パウロはこの先の伝道計画を持っていました。まず、今回の伝道旅行の最後にはエルサレムに行くことを目的としていました。それは、伝道旅行の中で、貧しさの中にあるエルサレム教会のための募金を集めていたのです。これはユダヤ人キリスト者中心のエルサレム教会と異邦人が中心の教会が1つであることを示すためでもありました。パウロは7人の兄弟たちと一緒に集まった献金をエルサレム教会に直接届けたいと思いがあって、できれば五旬節までにはエルサレムに行きたいと考え、先を急いでいました。
パウロは自分たちがエルサレム教会に献金を届けた後、ローマにある教会に行くことを切望していました。それは、当時の世界の中心であったローマに行く必要を感じていたからです。そして、ローマにある教会を中心に、西方伝道、イスパニアへの伝道をしていこうと考えていたのです。パウロは自分の命をかけてイエス・キリストの福音をできるだけ多くの人々に伝えていきたいと願っていました。
パウロはミレトスからやがてエルサレムに向かおうとしています。その時に、ミレトスからエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せています。長老たちが集まって来た時に、パウロは話していきます。パウロはエフェソの教会で約3年間、伝道して来ました。エフェソの教会の長老たちとは深い関りがありました。まず、その3年間のことを思い出しながら、自分の伝道のあり方を振り返っています。アジア州に来た最初の日以来、私があなた方とどのように過ごしてきたかはよく知っているはずだといいます。自分は全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によって身に降りかかってきた試練に遭いながらも、主に仕えて来たのです。パウロは自分自身のことを全く取るに足りない者だと思い謙遜の中を伝道していったのです。それは涙を流すようなものだったというのです。パウロは伝道活動の中でどれほど涙を流して来たのでしょうか。涙なしにイエス・キリストの伝道をすることはできないことをよく知っていました。それと、ユダヤ人からの陰謀といいますか、繰り返される迫害と妨害の数々、その中で活動していきました。
エフェソでの伝道活動で、役に立つことは1つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、エフェソの教会の長老たちに伝えて教えて来ました。神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシャ人にも力強く証して来ましたといいます。そして、聖霊に促されてエルサレムに行こうとしています。そこでどんなことがこの身に起るのか、何も分からないと告げます。ただ、投獄と苦難とが私を待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきりと告げてくださっていると伝えています。パウロは自分の伝道活動を振り返っている場面があります。
2コリント11:23~29
苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。
ここからも分かりますように、パウロは自分のエルサレム行きが、投獄と苦難とが自分を待ち構えていることを聖霊が、どこの町でもはっきり告げているということが分かります。どうして、ここまで苦しみがあっても苦難が待っていても、前に進むことができるのでしょうか。その答えが次の24節にあります。
使徒20:24
しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。
しかし、という言葉がパウロの強い決意を語っています。自分の決められた道を走り通すことが何よりも大切なのです。自分の決められた道を走りとおすといっています。自分の決めた道ではなくて、自分の決められた道をいっています。パウロの伝道の歩みを見て行きますと、壮大な計画があって、ち密な計算があって、より大切な伝道の歩みをしているように感じます。しかし、それは正しいことではなくて、パウロ自身が決めた道もあるでしょう。でも、多くがパウロを通して働かれる聖霊の導きによって歩んでいることに気づきます。主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証していくことが何よりも、神の御心に適っているとパウロは信じているのです。
以前に、私はパウロを導いた者をダマスコにいたキリスト者アナニアといいました。敵であったパウロを、友と呼んで、兄弟のように受け入れた者です。もちろん、それまでに聖霊の働きがあることを忘れてはいけないと思います。でも、聖霊は人を用いて働かれるのです。そして、アナニアだけでなく、もう1人、パウロをキリストに導いた者がいたと私は思っています。それが、使徒7章に出て来るステパノです。使徒7章には、ステパノの説教と殉教が書かれてあります。特に、殉教の場面です。
使徒7:55~60
ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。
このステパノの殉教の場面に、初めてサウロ、後のパウロが登場して来ます。パウロにとってステパノの殉教の時の言葉は、生涯忘れることができなかったと私は思います。自分がユダヤ人から石打ちで殺されそうになる時に、ステパノを殺そうとするユダヤ人の表情や声、相手を憎しみで満ちている表情でした。それに比べて、ステパノは聖霊に満たされて、天を見つめて、神の栄光と神の右に立っておられるイエス様を見て、「人の子が見える」といい、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」といい、最後に「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と祈って、死んでいったのです。神を信じることの本質を見たのです。
私たちの教会は、2025年度の歩みを振り返りつつ、2026年度の歩みを考える時を迎えています。もちろん、私たちが考える伝道計画も必要です。それ以上に、神が決められた道を求めていくことがより大切なことです。神の御手の導きを信じて、新しい年の歩みを始めていきたいと願います。
祈り 神よ。あなたを皆と共に礼拝することができましたことを心から感謝します。2025年度の歩みを導いてくださったことを感謝します。新しい2026年が始まりました。どうか、あなたの決められた道をまず求めて歩んで行くことができますように、私たちの教会の歩みを守り導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


コメント