9月10日の祈祷会の内容です。

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祈祷会      サムエル記上19章「サウルの心を見つめて」   2025.9.10

 イスラエルの最初の王サウル、初めは神に従い、忠実に歩んでいました。途中から自分の思いが強くなり、神に従わないようになってしまいました。そのことを神とサムエルは深く悲しみ悩みます。そして、神はサウルを王としてはふさわしくないとして見捨てていきます。そして、イスラエルの新しい王としてダビデを選んでいくのです。そのような流れがあっても、サウルはイスラエルの王であり続けていきます。ダビデは、サムエルによって油を注がれましたが、王とはなっていません。ダビデがイスラエルの王となっていくのはサムエル記下に入ってからです。

 イスラエルはペリシテ人との戦いが続いていきます。ある時にペリシテ人の巨人ゴリアトがイスラエルの前に出て来て、1対1の戦いを挑んでいきます。イスラエルの兵士たちはゴリアトを恐れて、誰も戦いに出て行く者はいませんでした。そのような場面に、ダビデは遭遇するのです。父から戦いに出ている兄たちに食事を持って行くように命じられたからです。ペリシテ人の巨人ゴリアトが、イスラエルの前に出ていて、戦いを挑んでいる。しかし、イスラエルの兵士たちは恐れて誰も出て行かない。ダビデは、神に選ばれた戦列であるのに、どうして出て行かないのかと思ったのでしょう。自分が出て行く決断をしていき、戦いに勝利していくのです。少年ダビデがペリシテ人の巨人ゴリアトに勝利したことは、イスラエルの人々に、英雄ダビデがいることを示すことになりました。ダビデはサウルに用いられて、ペリシテ人との戦いに出て行きますと、必ず勝利して戻って来るのです。ダビデの役割はそれだけではありませんでした。神からの祝福が来なくなったサウルに、悪霊が来て苦しめるようになりました。そのようなサウルをダビデは竪琴を奏でることによって癒していくのです。戦いに勝つことと、竪琴の名手として、ダビデはイスラエルの中で有名になっていきます。ダビデが戦いに出て行って、連戦連勝していきます。ダビデが凱旋して帰って来ると、イスラエルの女性たちは「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌い交わしました。これを聞いたサウルは激怒し、悔しがって「ダビデは万、わたしは千、あとは王位を与えるだけか」といい、この日からサウルはダビデをねたみの目で見るようになっていくのです。

 ダビデはイスラエルのために、命をかけて敵のペリシテ人と戦いに出て行きます。イスラエルの勝利をもたらします。そのことがダビデの危機となっていくのです。サウルの息子ヨナタンはダビデを深く愛していきます。ダビデとヨナタンの深い友情は、旧約聖書の中では特別なものとなっていくのです。サウルは、ダビデをペリシテ人との戦いで殺そうと考えていきます。ダビデはイスラエルの英雄ですから、王としてダビデを殺すわけにいかなかったのです。サウルはゴリアトとの戦いで、戦いに勝利した者には自分の娘を妻として与えるという約束をしていました。そのために、サウルはダビデに自分の娘を妻として与えなければなりませんでした。長女メラブを妻として与えようとしましたが、直前に、全く違う男性に嫁がせてしまいました。理由は分かりません。でも次女のミカルはダビデを愛していたのです。そのことを知ったサウルは、ミカルを使ってダビデを殺そうと考えました。ダビデにミカルとの結婚の条件として、ペリシテ人の陽皮100枚を持ってくるようにといいました。それは、ペリシテ人100人を倒すことを意味していました。それは、ダビデをペリシテ人との戦いで殺そうと考えていたからです。しかし、ダビデはペリシテ人200人を倒して、陽皮を持って来たのです。サウルはダビデをいっそう恐れ、生涯敵意を抱いていくのです。

 サウルは息子ヨナタンと家臣の全員にダビデを殺すように命じます。しかし、サウルの息子ヨナタンはダビデに深い愛情を抱いていて、ダビデに父が命を狙っていることを伝えます。また、ヨナタンは父サウルにダビデを殺すことを止めるように進言していきます。ゴリアトとの戦いで、ダビデが命をかけて戦ったこと、イスラエルの大勝利をもたらし、父も喜び祝ったこと、どうしてダビデを殺そうとし、罪を犯そうとされるのかと諭します。この時、サウルはヨナタンの声を聞き入れ、殺すことはしないといわせました。ヨナタンの仲介があって、ダビデは再びサウルに仕えることができるようになりました。

 イスラエルはペリシテ人との戦いを続けていました。ダビデはペリシテ人を討つために出陣し、大打撃を与えたので、勝利していきます。サウルに悪霊が降ります。ダビデは傍らで竪琴を奏でていました。サウルは手に持っていた槍をダビデめがけて投げるのです。ダビデは身をかわして逃げて行きます。サウルはダビデの家に使者を遣わして、見張らせ、翌朝には殺させようとします。ダビデの妻ミカルは「今夜中に避難して自分の命を守らなければ、明日は殺されます」と伝えます。ミカルはダビデを窓からつり降ろし、逃げて難を免れます。ミカルはテラフィムを寝床に置き、その頭に山羊の毛を被せて、それを着物で覆います。このようにしてミカルはダビデを父サウルの手から救いのです。逃げたダビデは、ラマのサムエルのもとに行って、サウルの仕打ちをすべて報告します。サムエルとダビデはナヨトに行き、そこに留まります。そのことをサウルに告げる者がありました。サウルはダビデを捕らえようとして使者を遣わします。使者は預言者の一団が預言しているのに出会いました。サムエルが先頭に立っていました。サウルの使者にも神の霊が降り、預言する状態になりました。サウルはこの報告を受けて、三度、他の使者も送りましたが、また預言する状態になりました。ついにはサウル自身が行くのです。サウルの上にも神の霊が降り、預言する状態になりました。サウルは預言する状態になったまま、着物を脱ぎ捨て、一昼夜、サムエルの前に裸のままで倒れていました。そのために「サウルもまた預言者の仲間か」と人々はいったとあります。

サウルはどこまでもどこまでもダビデを追いかけます。ダビデを殺すまで、その行動は止まりません。サウルの心の闇はどこまで深いのでしょう。神の霊はサウルから離れてしまった。神からの悪霊がサウルを襲う。神から離れたサウルの心の痛みを表現しています。ある意味で、神から離れた人間の姿をサウルから見ることができるのでしょう。サウルの心の闇、それは人間が持っている罪の闇と同じです。この闇は人間の力で解決することはできません。神の子イエス・キリストの十字架以外は解決することができないのです。神は人間の罪の闇を解決するために、御子を私たちのところに送ってくださったのです。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデを追い続けるサウル、どこまでもどこまでも追い続けていくのです。その歩みを止めることができません。サウルの心の闇を見ることができるでしょうか。それは私たち自身の罪の闇です。私たちに罪とは何でしょうか。イエス・キリストの十字架を見上げながら、自分の姿を見つめることができるようにしてください。この願いをイエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                               」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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