11月12日の祈祷会の内容です。

beach during sunset 祈祷会
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祈祷会    サムエル記上26章「主が裁いてくださる信仰」   2025.11.12

 ダビデはイスラエルの王サウルから命を狙われていました。サウルにすれば、ダビデが生きていると自分の地位が危ないと感じていたからです。サウルは何度もダビデの命を狙います。ダビデは何度もサウルから命を狙われます。サムエル記上24章で、ある洞窟でサウルは用をたすために1人で入って来ました。その洞窟の奥にはダビデとその兵が隠れていたのです。ダビデにすれば、自分の命を狙うサウルを殺すことができる絶好のチャンスがやって来ました。兵士の1人がそのことをダビデにいうと、ダビデはサウルを殺すことをしないというのです。その理由がサウルは主から油を注がれたからだというものでした。この時はサウルの上着の端を切って、後でサウルにダビデは殺すチャンスガあったけれど殺すことはしなかったといい、自分の命を狙うことを止めて欲しいと訴えました。サウルもダビデの申し出を受けて、2度と追うことはしないと誓ったのです。

 サムエル記上25章では、ナバルという人物が、ダビデが食べ物を求めたことを拒否し侮辱したことで激しく怒り、ダビデは400人の兵と共にナバルとその一族を皆殺しにするようにします。つまり、自分の手でナバルに対する報復をしようとするのです。サウルの場合と好対照です。サウルの場合は、主に任せて、ナバルの場合は、自分の手で皆殺しにしようとしています。結果として、ナバルの妻アビガイルの働きがあって、ダビデは殺すことを止めて、引き返します。ナバルはダビデの行為を妻アビガイルから聞いて、ショック状態になり、10日後に死んでしまいました。このことをダビデは、主はナバルが加えた侮辱に裁きを下し、僕に悪を行わせず、かえって、ナバルの悪をナバルの頭に返られたといっています。つまり、主が復讐してくださることをナバルのことでダビデは体験したことになるのです。

 今日の26章では、24章と同じような状況が起っています。ジフ人がサウルにダビデが隠れている場所を告げています。サウルは立ってイスラエルの精鋭3000人を率い、ダビデを追います。サウルはジフの荒れ野に行き、ダビデを探すのです。ダビデはサウルが追って来ることを知りました。ダビデはサウルが陣を敷いている所に近づき、サウルとその軍の司令官アブネルが寝ている場所を見つけるのです。またその周りに兵士が寝ていました。ダビデは部下アビシャイと共にサウルの寝ている場所に近づきます。サウルは幕営の中で横になって眠り込んでおり、サウルの槍はその枕元に突き刺してありました。アブネルも兵士もその周りで寝ていました。アビシャイはダビデに「神は、今日、敵をあなたの手に渡されました。さあ、わたしに槍の一突きでサウルを刺し殺させてください。一度でしとめます」といいます。ダビデは「殺してはならない。主が油を注がれた方に手をかければ、罰を受けずには済まない」といい、更に「主は生きておられる。主がサウルを打たれるだろう。時が来て死ぬか、戦に出て殺されるかだ。主が油を注がれた方に、わたしが手をかけることを主は決してお許しにならない。今は、枕元の槍と水差しを取って立ち去ろう」というのです。

 ダビデはサウルの枕元から槍と水差しを取り、立ち去りました。そのことを見ていた者も、気づいた者も、目を覚ました者もいなかったのです。主から送られた深い眠りが彼らを襲い、全員眠り込んでいました。ダビデは向こう側に渡り、遠く離れた山の頂に立ちました。サウルの陣営との隔たりは大きかったのです。ダビデは兵士やアブネルに向かって「アブネル、答えないのか」と呼ばわりました。アブネルは「お前は誰だ」と答えます。ダビデは「お前は、なぜ自分の主人である王を守れなかったのだ。敵兵が1人、お前の主人である王を殺そうと忍び込んだのだ。お前たちは死に値する。主に油を注がれた方、お前たちの主人を守れなかったからだ。さあ、枕元の槍と水差しがどこにあるのか見て見よ」といいます。

 サウルはダビデの声に気づいて「この声はわが子、ダビデではないのか」というと、ダビデは「わが王よ。わたしの声です」と答えます。ダビデは続けて「わが王はなぜわたしを追跡なさるのですか。わたしが何をしたというのでしょう。わたしの手にどんな罪があるというのでしょうか。わが王よ。お聞きください。もし、王がわたしに対して憤られるように仕向けたのが主であるなら、どうか、主がささげものによってなだめられますように。もし、人間であるなら、主の御前に彼らが呪われますように。どうか、わたしの血が主のみ前を遠く離れた地で流されませんように。まことにイスラエルの王は山でしゃこを追うかのように、蚤一匹を狙って出陣されたのです」といいます。

 サウルは「わたしは誤っていた。わが子ダビデよ、帰って来なさい。わたしは愚かであった。大きな過ちを犯した」と答えます。ダビデは「王の槍はここにあります。従者を1人よこし、これを運ばせてください。主は、おのおのに、その正しい行いと忠実さに従って報いてくださいます。今日、わたしがあなたの命を大切にしたように、主もわたしの命を大切にされ、あらゆる苦難からわたしを救ってくださいますように」答えます。サウルは「わが子ダビデよ。お前に祝福があるように。お前は活躍し、また、必ず成功する」といい、自分の場所に戻って行き、ダビデは自分の道を行きます。サウルは、ここで後悔し、2度とダビデの命を狙わないといいますが、ダビデは、「このままではいつかサウルの手にかかるに違いない。ペリシテの地に逃れるほかはない。そうすればサウルは、イスラエルの全域でわたしを捜すことを断念するだろう。こうしてわたしは彼の手から逃れることができる」(サムエル記上27:1)といって、サウルの思いが変ることのないことを確信しています。実際、ダビデのいう通りになっていきます。ダビデはすべて主がサウルを裁いてくださるのを委ねていくのです。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。サウルの手から逃れようとするダビデ、ダビデは自分の命が狙われていても、主に委ねていきます。自らの手ではサウルに対して殺そうとはしません。自分がサウルを殺せば、主からの報復があることを感じていたのです。だから、主からの裁きがあることを委ねていくのです。どこまでも主を信じ、従っていく様子をみることができました。私たちもダビデのように主を信じ、従っていく思いを持っていきたいと願います。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                               」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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