11月26日の祈祷会の内容です。

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祈祷会     サムエル記上28章「サウルの孤独と口寄せの術」    2025.11.26

 イスラエルの王サウルは、ダビデの命を狙い続けます。ダビデは、サウルから命を狙われているので逃げ続けます。ダビデは、イスラエルの中では安心して過ごすことができないとして、敵地ペリシテの陣地に逃げて行きます。ペリシテの地に逃げれば、まさかサウルは自分のことを狙っては来ないと考えたからです。ダビデは600人の兵士たちとその家族と共に、ペリシテの地、ガドの王アキシュのもとに移って行くのです。ダビデがペリシテの地に逃げたと聞いたサウルは二度とダビデを追うことはしませんでした。ペリシテ人アキシュのもとで、ダビデはペリシテとイスラエルの境のツィクラグに拠点を置くことになりました。ダビデがペリシテの地にいた期間は1年4ケ月です。この間に、ダビデはアキシュに、自分たちはイスラエルに嫌われ、ペリシテ軍の傭兵となるようにします。そのようなダビデをアキシュは信じて、自分の傭兵として受け入れていきます。その頃、ペリシテ人はイスラエルと全面的な戦争に突入しようと準備をしていきます。そこで、ダビデには困ったことが起っていきます。それは、イスラエルとの戦いが始まろうとしている時に、アキシュはダビデに自分たちと共に戦っていくようにいいます。つまり、ダビデとその600人の兵は、イスラエルと戦うということになるのです。さて、これからどうなって行くのでしょうか。その結果は29章に出てきます。

 ここではサムエルの死が再びいわれています。イスラエルの人々は全員、サムエルのことを悼み、ラマに葬りました。サウルは、すでに国内から口寄せや魔術師を追放していました。

レビ記20:27

男であれ、女であれ、口寄せや霊媒は必ず死刑に処せられる。彼らを石で打ち殺せ。彼らの行為は死罪に当たる。

 このように律法では、口寄せは厳しく禁じられていました。口寄せを行うことは死刑に当たると書いてあります。それが、この聖書の箇所では、口寄せが実際に行われているのです。この個所は、聖書の中でも、特別な意味があると思います。律法に禁じられていた口寄せを、実際に行った記録がここにあるからです。ペリシテ人は終結し、シュネムに陣を敷きます。サウルはイスラエルの全軍を集めてギルガルに陣を敷きます。サウルはペリシテの陣営を見て恐れ、その心はひどくおののくのです。この時に、サウルは主に託宣を求めますが、主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても何もお答えになりませんでした。サウルは追い詰められて、自分が禁じたことを自らが犯してしまいます。サウルは家臣に「口寄せのできる女性を探してくれ。その女性のところに行って尋ねよう」と命令します。家臣は「エン・ドルに口寄せのできる女性がいます」と答えます。サウルは変装し、衣を替え、夜、2人の兵を連れて女性のもとに行きます。

 サウルは「口寄せの術で占ってほしい。あなたに告げる人を呼び起こしてくれ」と頼みます。女性は「誰を呼び起こしますか」と聞くと、サウルは「サムエルを呼び起こしてもらいたい」と頼みます。その女性は目の前にいるのがサウルだと気づきます。サウルは「恐れることはない。それより、何を見たのか」といいます。女性は「神のような者が地から上って来るのが見えます。老人が上って来ます。上着をまとっています」と答えます。サウルにはそれがサムエルだと分かったので、顔を地に伏せ、礼をします。サムエルは「なぜ、わたしを呼び起こし、わたしを煩わすのか」といいます。サウルは「困り果てているのです。ペリシテ人が戦いを仕掛けているのに、神はわたしを離れ去り、もはや預言者によっても、夢によってもお答えになりません。あなたをお呼びしたのは、なすべき事を教えていただくためです」と答えます。

 サムエルは「なぜわたしに尋ねるのか。主はあなたを離れ去り、敵となられたのだ。主は、わたしを通して告げられた事を実行される。あなたの手から王国を引き裂き、あなたの隣人、ダビデにお与えになる。あなたは主の声を聞かず、アマレク人に対する主の憤りの業を遂行しなかったので、主はこの日、あなたに対してこのようにされるのだ。主はあなたのみならず、イスラエルもペリシテ人の手に渡される。明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる。主はイスラエルの軍隊を、ペリシテ人の手に渡される」と答えます。これは明日、サウルもサウルの子らも死ぬことを示しているのです。サウルはたちまち地面に倒れてしまいました。サムエルの言葉におびえたからです。サウルはこの日に何も食べていなかったために、力尽きていたのです。その女性は、サウルに近づき、サウルはおびえきっているのを見て、「ささやかな食事をあなたに差し上げますから、それを召し上がって、力をつけてお帰りください」といいます。サウルは拒み、食べたくないといいましたが、家臣やその女性が強く勧めたので、サウルと家臣はその食事を食べて、その夜のうちに立ち去って行くのです。

 ここではサウルの孤独が深く出ています。ペリシテ軍と戦うことになったサウルは、恐れおののいています。そのために、神に助けを求めようとします。しかし、神は答えてくださらない。そして、サウルは禁じていた口寄せの術を使って、死んだサムエルを呼び起こし、何とか成すべきことを教えてもらおうとしまいたが、結果はサウルの死とイスラエルがペリシテ人に敗北するという内容でした。失意の中にいるサウルを慰めたのは、口寄せを行った女性でした。何も食べていないサウルに、少しの食事を食べさせて元気づけてくれたのでした。ここから私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。

マタイ27:46

3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

 サウルは神に見捨てられました。そういう意味では、イエス様も十字架の上で、神に見捨てられた思いを語っています。

祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。サウルの思いを見てきました。私たちはサウルの思いをどのように受け止めればいいのでしょうか。あなたの導きを切に求めます。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                               」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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