6月5日の礼拝の内容です。

礼拝

讃美歌は、343(1)405(1)です。無事に配信できますように、お祈りください。

礼拝説教          使徒2:1~11「聖霊の働き」      2022.6.5

 今日の教会暦は、聖霊降臨日(ペンテコステ)です。教会の誕生日です。特別な日だということができます。イスラエルの人々には3つの大切な祭りがありました。過越の祭り、七週の祭り、仮庵の祭りです。この七週の祭りと重なるのが、聖霊降臨日です。

 聖霊とは、神の力ということができます。聖霊が下った日ということですが、聖霊は旧約聖書にも何度も出てきます。ですから、初めて、聖霊降臨日に聖霊が下ったというわけではありません。ただ、特別に聖霊の働きがあったということです。今日の聖書の箇所は、その聖霊が特別の働きをしたことが書かれてあります。五旬祭の日となっています。過越の祭りから五週間目ということです。七週の祭りと五旬祭は同じことです。小麦の収穫祭でもあります。また、神からイスラエルの人々に律法が与えられた日ともいわれています。この日に、イスラエルの人々は、七週の祭りを祝うために、それこそ世界中から集まって来ていました。エルサレムには多くのイスラエルの人々がいたのです。

 イエス様の弟子たちは、1つの大きな部屋に集まっていました。120人ほどが集まっていたと、使徒1:15には書かれてあります。そこに突然なことが起りました。激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえてきます。彼らが座っていた家中に響きました。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまるのです。すると一同は、聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、ほかの国の言葉で話し出したのです。この物音に大勢の人々が集まって来ました。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまうのです。人々は驚き怪しんでいいます。「話しているこの人たちは皆、ガリラヤの人ではないか。どうして、わたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉で聞くであろうか。」と。その後で、世界各地の地名が出てきます。

 この聖霊降臨日の出来事を読みますと、なかなか理解することが難しいです。私は今日、聖霊降臨日にあたって、この日の前と後で、イエス様の弟子たちがどのように変わったのかをみることにします。そのことによって、この聖霊降臨日をよく理解することができると思うからです。

 新約聖書の最初に、4つの福音書があります。その福音書によって、イエス様の活動の内容を知ることができます。イエス様は30歳になってから、神の子としての活動を始めました。神の言葉を語り、弟子たちを選び訓練し、多くの奇跡を行いました。イエス様が弟子たちを選ばれたのは、自分がいなくなった後で、その神の働きを継続してもらうためでした。しかし、イエス様の思いと弟子たちの受け止め方をみると、それはなかなか一致をすることが難しいことだったと考えます。イエス様の働きは、神の子として、すべての人々のために十字架にかかって死ぬことでした。それによって、人間の罪の贖いをなし、救いへと導くことでした。弟子たちの思いは、多くのイスラエルの人々が思っていたように、イスラエルの国の復興でした。当時、イスラエルの人々は、ローマ帝国の支配下にありました。それを、イスラエルの人々は不満に感じ、イスラエルの解放、ローマ帝国からの解放を願っていました。そのためには、イスラエルの人々は、ローマ帝国と戦争になることを覚悟していました。イエス様の働きの中で、弟子たちとの距離を感じながらの活動を強いられていたと思います。

 そして、イエス様の逮捕、裁判、十字架の死は、弟子たちに完全な敗北をもたらしたはずです。ペトロはじめ、多くの弟子たちはちりじりになって逃げていきました。もう二度と、仲間と会うことはないだろうとさえ思いました。しかし、そうではなかったのです。いったい、何がイエス様の弟子たちをつなぎとめていたのは何だったのでしょうか。

 各福音書の最後や、この使徒言行録の最初には、弟子たちは一緒だったのです。いろいろありましたけれど、また、再び会っています。復活されたイエス様と出会ったことでしょうか。十字架で死なれ、3日目に復活されたイエス様、その出会いによって、弟子たちは変わったのでしょうか。実は、本質的には何も変わっていませんでした。

使徒1:6

さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を立て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。

 イエス様の弟子たちにとって、復活されたイエス様と出会っても、何も変わっていなかったのです。イエス様がまもなく天に帰られる時のことです。イエス様が弟子たちに語っていることと、弟子たちが、イエス様に語っていることでは、まったく方向性が違います。イエス様の弟子たちにとって、大切なことは、イスラエルの国の復興です。ローマ帝国から解放されて、イスラエルの国を立て直すことが何よりも大切なことでした。そして、イエス様の弟子たちに、一緒になって集まっているといいましたが、それは、人目を避けていたのです。イエス様の仲間だと分って、捕まって十字架につけられてしまうかもしれないという恐怖心の中にありました。イスラエルの国を立て直すという希望を持っていても、実は、内向きでした。いつ、自分達の居場所が分って、捕まるかも知れないという思いにあったはずです。 その彼らに聖霊が下ったのです。

使徒2:14

「すると、ペトロは11人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。」

 じっと、1つの部屋に集まっていましたが、身を寄せていたイエス様の弟子たちと仲間たち、それが、聖霊が下ったことによって、外に出て行って話し始めています。自分達の存在を知って欲しい。すべての人たちに知って欲しいことがある。だから、わたしの言葉に耳を傾けて欲しいと訴えています。内側にこもっていたのが、外に出て行き、自分達が語る言葉に耳を傾けて欲しいと声を張り上げて話すのです。その内容は、イエス様の福音そのものでした。

使徒2:23~24、36

このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。

だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。

 このように、はっきりとイエス様の福音を、ペトロが語っているのです。イエス様は弟子たちを選び、訓練して来ました。3年間の時には、完全に理解することはできませんでした。もちろん、その準備もあったでしょう。その上で、聖霊が下って初めて、弟子たちは、イエス様がすべての人たちのためにしてくださったことが理解することができたのです。このペトロらの働きによって、この日に3000人ほどが仲間に加わった(使徒2:41)のです。

Ⅰコリント12:3

ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。

 このパウロの言葉によって、聖霊の働きがあって、初めて、人は、イエス様はわたしの救い主ということができるのです。この聖霊の働きがあって、イエス・キリストの福音を理解することができ、そして、イエス様を信じた者が、まだ知らないすべての人々に、伝えたいと思い、伝えていくのです。このように教会が誕生し、イエス様の福音を伝えていくのです。瀬戸永泉教会は、先週の日曜日に教会堂の工事の完成を祝う竣工式を行いました。礼拝堂が新しくなりました。私たちは、この地域に住む人たちに、イエス・キリストの福音を届けていきたいと願います。聖霊の導きによって、神の救いを届けていきましょう。

祈り 神よ。聖霊降臨日を祝うことができましたことを心から感謝します。聖霊の働きがあって、イエス様の福音を理解することができると教えられました。私たち一人一人に、聖霊が働いてくださったので、イエス様の救いに預かることができました。そのことを深く感謝します。そして、私たちが、この教会が、イエス様の福音を伝えるという大切な働きをすることができますように、導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって、祈ります。アーメン。

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