8月10日の祈祷会の内容です。

祈祷会

祈祷会       民数記26:38~65「残りの者という考え」    2022.8.10

 聖書の中には、残りの者という考えがあります。神は、この世界を創造し、そして人間を造られました。人間を創造する時に、神はご自身に似せて、かたどってつくられたといいます。それは、人間だけが特別に造られ、自由な意志を与えられて、神と人格的な交わりを求められていました。しかし、その与えられた自由な意志によって、人間は神と人格的な交わりは求めない道を選びました。つまり、罪の道、死の道を選んだのです。聖書の話は、神から離れた人間をどのようにして神のところに連れ戻すかが書かれてあるのです。創世記6章~9章には、ノアの洪水物語があります。人間は地上にいて増えていきました。その人間はいつも悪いことを思い計っていたとあります。その人間の罪に神は深く悲しみ、この地上を洪水によって、滅ぼすことを決意しました。本来なら、ここで人間の歩みは終るはずでした。しかし、人間の歩みは終らず、新しい歩みをすることになります。それは、神はノアとその家族を選ばれ、箱船を造るように命じました。洪水によって、人間を滅ぼすことと、ノアを選び、箱船を造ることによって、人間の歩みが終らずに、続く道を残してくださったのです。

 やがて、アブラハムが選ばれ、イスラエルの人々が神の民として歩みがスタートしていきます。アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてモーセの時代になり、出エジプトの時代になります。エジプトで長い間奴隷として苦しんでいたイスラエルの人々を助け、エジプトからの解放、約束の地への旅立ちになります。エジプトを出たイスラエルの人々は、シナイの荒れ野で神と契約を結びます。律法が与えられ、幕屋が造られ、祭司が置かれました。シナイの荒れ野を出発し、約束の地を目指しての、新しい歩みが始まりました。その時に、民数記の第1回目の人口調査が行われました。イスラエルの12部族の20歳以上の男子の数が数えられています。約束の地に入ることは、約束の地にいる先住民と戦うことになるので、戦うことができる兵士の数が数えられたということです。しかし、この人々は、荒れ野で死に絶えることになります。それは、約束の地を目の前にして、各部族の代表者を出して、12名で、約束の地を偵察することになりました。偵察が終って、帰って来て、報告することは、約束の地は良い土地だ。しかし、先住民は強く、戦えば、自分たちは敗北してしまうから、入るべきではないといったのです。実際には、10人対2人でした。10人が入るべきではないとしたのです。そして、その声を聞いたイスラエル人々は入るべきではない道を選びました。この選択によって、神の怒りをかい、荒れ野を40年間さまようことになりました。この荒れ野の40年は、約束の地に入ることを拒否した人々はすべて荒れ野で死に絶えることを意味していました。

 今日の聖書の個所である民数記26章は、第2回目の人口調査が行われています。シナイの荒れ野で第1回目の人口調査が行われたから40年が過ぎていました。この40年間で、多くの人々が死んでいきました。時の流れもあります。イスラエルの人々の罪もありました。神の裁きによって、死んだ者もありました。

民数記26:63~65

以上は、モーセと祭司エルアザルが、エリコに近いヨルダン川の対岸にあるモアブの平野でイスラエルの人々を登録したときの数であって、その中には、モーセと祭司アロンがシナイの荒れ野でイスラエルの人々を登録したときに登録された者は一人もいなかった。主が、彼らは必ず荒れ野で死ぬと言われたからである。彼らのうち、ただエフネの子カレブとヌンの子ヨシュアを除いて、だれも生き残った者はなかった。

 ここに書いているカレブとヨシュアのみが生き残るのです。この2人は、40年前に約束の地を偵察に行った12人のうちの2人です。そして、神の言葉に従って、約束の地に入っていくべきだといった人たちです。2人は入るべきだといったときに、イスラエルの人々は、彼らを石で打ち殺せといったのです。もし、その時に、神が出てこなければ、ここで、石で打ち殺されたかもしれません。

 まもなく、イスラエルの人々は約束の地に入っていきます。カレブとヨシュアのみが生き残り、他の者はすべて荒れ野で死んでしまいました。もちろん、新しい世代が生まれ、新しい人口調査が行われ、前と同じく、イスラエルの12族で、20歳以上の男子の数が数えられています。約60万人の数です。第1回目とほとんど変わっていません。これからのイスラエルの人々の歩みは、それまでとほとんど変わっていません。罪を繰り返し、神に逆らい歩んでいきます。時には、神から強い罰を受けることがあります。イスラエルの人々の全体がなくなってしまうかもしれないという状態に何度もなります。それでも、神はイスラエルの人々の中に、残りの者を残してくださるのです。それは、神がイスラエルの人々を選び、祝福されたからです。神がアブラハムを選び、祝福してくださったこと、それを神は守られるからです。イスラエルの人々の歩みがどのように罪深いものであっても、その祝福は変わることはありません。

創世記12:2~3(アブラハムへの祝福)

わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。

あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る。

 このアブラハムへの祝福が、やがて、イエス・キリストによって、私たち教会に注がれています。その神の祝福の中に、私たちの歩みがあるのです。この祝福は決して変わることはありません。

祈り 神よ。聖書の学びと祈り時を与えてくださり、ありがとうございます。旧約聖書を通して、神がイスラエルの人々をどのように導き、祝福してくださったのかを知ることができました。神の導きを私たちが正しく受け止めることができますように、守り導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって、祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                              」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)

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