8月23日の祈祷会の内容です。

祈祷会

祈祷会      申命記30章「神のもとに立ち帰ること」    2023.8.23

 申命記の内容は、神の民として選ばれたイスラエルの人々が、神の与えてくださる約束の土地を前にして、もう一度、神の民として生きることの意味を語っています。その内容の多くは、神が与えてくださる神の教えを守り生きることです。神の教えとは、神を愛し、自分のように隣人を愛することです。イスラエルの人々の生活の中にしっかりと入っていて、守ることによる神からの祝福、守らないことによる神からの呪いが与えられるということもいわれています。約束の土地を目の前にしているモアブの地で、神はモーセと通してイスラエルの人々と契約の再更新をしています。

・30:1~10、神のもとに立ち帰る道

 申命記28章には、神が与える祝福と呪いのことが細かく書かれてあります。特に、神の呪いの部分では、多くの内容が書かれてあります。それは、イスラエルの人々の今後の歴史を示しています。イスラエルの人々の歴史は、困難と悲しみに満ちたものになっていくのです。まず、バビロン捕囚がありました。これは、約束の地に住んでいたイスラエルの人々に、新バビロニアが登場して来て、エルサレムを包囲し攻撃していきます。多くのイスラエルの人々が、奴隷としてバビロンの地に連れて行かれることになって行きます。将来に起る苦難を示しています。神がイスラエルの人々に示した祝福と呪いがすべてイスラエルの人々に臨んでいくのです。イスラエルの人々は、やがてバビロンの地に神によって追いやられるのです。でも、そのバビロンの地で、イスラエルの人々は悔い改めて神のみもとに立ち帰っていきます。自分たちの罪が、このような神の裁きとしての呪いを与えられたと受け止めたのです。。

 そして、神に憐れみを求め、回復を祈ります。イスラエルの人々は改めて、自分たちと自分たちの子どもたちと共に、神に対して、心を尽くし、魂を尽くして神の御声に聞き従うのです。神は、イスラエルの運命を回復し、憐れみ、追い散らされたすべての人々の中から再び集めてくださいます。たとえ天の果てに追いやられたとしても、神はイスラエルの人々を集め、そこから連れ戻してくださいます。神は再び、約束の地にイスラエルの人々を導き入れ、これを得させてくださいます。そこで幸いを得て、数を増やしてくださるのです。

 神は、イスラエルの人々の心に割礼を施し、心を尽くし、魂を尽くして、神を愛して、命を得ることができるようにしてくださいます。イスラエルの人々の心に割礼を与えてくださることが強調されています。イスラエルの人々は立ち帰って、神の御声に聞き従い、今日、神が与えてくださる戒めをすべて行うことができるようになるといいます。イスラエルの人々は、神の教えをすべて行うことができるようになるのです。神は、イスラエルの人々の手の業のすべてを豊かな恵みを与えてくださいます。イスラエルの人々から生まれてくる子ども、家畜の産むもの、土地の実りを増し加えてくださいます。神は再び、イスラエルの人々に繁栄を喜びとしてくださるのです。改めて、イスラエルの人々が神の御声に従って、この申命記に記されている戒めと掟を守り、心を尽くして、魂を尽くして、神に立ち帰るからです。

・30:11~20、命と死の選択

 神の与えてくださる教えは、難しすぎるものではなく、遠くに及ばぬものでもありません。天にあるものではありません。海のかなたにあるものでもありません。神のみ言葉は、あなたの近くにあり、あなたの口と心のあるのだから、それを行うことができるといっています。

 神は、イスラエルの人々に改めていいます。わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。神が命じるように、あなたは神を愛し、その道に従って歩むなら、その神の教えを守るなら、あなたは命を得、かつ増えると。しかし、あなたが心変りをして、神の教えに聞き従わず、他の神々にひれ伏し、仕えるならば、神は今日、あなたがたに宣言されます。あなたたちは必ず滅びると。ヨルダン川を渡って、入って行って得る地で、長く生きることはできないと。神は今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置くと。あなたは命を選び、あなたのあなたの子孫も命を得るようにし、神を愛し従うのです。それが、あなたの命であり、あなたは長く生きて、神があなたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓われた土地に住むことができるといいます。

 この申命記30章の中心的なメッセージは、イスラエルの人々が、神の教えを守ることができず、神の呪いをそのまま経験してしまうのです。バビロン捕囚などを経験をしていくのです。しかし、そのバビロンの地で、イスラエルの人々は神に対して、心から悔い改めていくのです。自分たちの罪が、このような神からの呪いを受けなければならなかった。もう一度、神のみもとに立ち帰って行こう。神の教えを守っていこうとするといいます。悔い改め、神への立ち帰っていくこと、そのことが強調されています。この神への立ち帰りは何度も繰り返されるのです。

マタイ3:1~2

そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。神の国は近づいた」といった。

マタイ4:17

そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。

 新約聖書で、洗礼者ヨハネも、イエス様も、その初めに「悔い改めよ」と宣べ始めて、その宣教活動を始めています。この申命記の内容と重なっていることが分かります。私たちの信仰生活にとって大切なことは悔い改めることと神のみもとに立ち帰ることです。

祈り 神よ。聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。申命記の学びを通して、神のみもとに立ち帰ることを学びました。罪を犯した後が大切だというのです。罪を犯さないのがいいのですが、犯した場合、その時に何をするかということです。罪を悔い改めて、神のみもとに立ち帰ることができる信仰を与えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                           」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございます。(横山厚志)

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