祈祷会 サムエル記上27章「サウルの手から逃げるダビデ」 2025.11.19
イスラエルの王サウルは、ダビデの命を狙い続けます。それは、自分の地位を守るためでした。ダビデの存在が自分の地位を脅かすものとして恐怖に感じられていたのです。ダビデは何度もサウルの手から逃げていきます。ここまでダビデはサウルの命を奪うチャンスが2度ありました。それでも、ダビデはサウルの命を奪わなかったのです。その理由は、神がサウルに油を注がれたというものです。神が油注がれた者を殺すことは、神の御心に反すること、神に罪を犯すことになり、神から自分自身が罰を受けることになると確認していました。また、神は必ずサウルに裁きをくだしてくださると信じていました。そのような思いの中で、ダビデはサウルの手から逃げていたのです。
でも、それもダビデは限界を迎えることになります。今日の聖書の箇所の最初にありますが、ダビデは心に思うのです。「このままではいつかサウルの手にかかるに違いない。ペリシテの地に逃れるほかはない。そうすればサウルは、イスラエルの全域でわたしを捜すことを断念するだろう。こうしてわたしは彼の手から逃れることができる」と。ダビデは、イスラエルの中に留まっていれば、いつかサウルの手によって自分の命を失う日が来ると感じていました。だから、イスラエルの敵であるペリシテの地に逃げれば、サウルはまさか追いかけては来ないだろうと考えたのです。もちろん、ペリシテの地でダビデが逃げても、それまでペリシテ人と戦い、勝利して来たダビデを知ったペリシテ人が殺すかもしれない可能性もある中で、敵地に逃げることを選んだのです。サウルの命を奪いチャンスがあった時は、ダビデは神の御心を大切にし、決断していきました。自分の判断よりも神の御心を優先したのです。しかし、イスラエルの地からペリシテ人の地に逃げることは、神の御心を聞くよりも、自分の考えで決断したのでした。
ダビデは立って、ダビデに従う600人の兵と共にガドの王アキシュのもとに移っていきました。ダビデと兵はおのおのの家族と共にガドのアキシュのもとに身を寄せるのです。ダビデの2人の妻アヒノアムとアビガイルです。ダビデがペリシテ人の地に逃げたと聞いたサウルは2度とダビデを追跡しなかったのです。そういう意味ではダビデの行動は成功したということができるでしょう。
ダビデはアキシュに「御厚意を得られるなら、地方の町の1つ場所をください。そこに住みます。僕が首都で、あなたのもとに住むことはありません」といいます。その日に、アキシュはダビデにツィクラグを与えたのです。ダビデがペリシテの地に住んだ期間は、1年と4ケ月でした。ダビデとその兵は上って行っては、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲ったのです。昔からこれらはシュルからエジプトの地に至る地方の住民であったとあります。ダビデはこの地方を討つと、男も女も生かしておかず、羊、牛、ろば、らくだ、衣類を奪ってはアキシュのもとに戻って行きます。アキシュが「今日は、どこを襲ったのか」と尋ねると、ダビデは、ユダのネゲブを、エラフメエル人のネゲブを、カイン人のネゲブを、と答えていきます。ダビデは、男も女も生かしてガドに引いて来ることはしませんでした。「彼らが我々について、ダビデがこうしたと通報しないように」と考えたからであるとあります。
ここにはダビデの作戦がありました。実際にはシュルからエジプトの地に至る地方の住民を襲っていたのに、アキシュには、イスラエルの地を襲ったかのように思わせるためでした。そのために、そこに住む住民のすべてを皆殺しにしていくのです。通報されることを防ぐためだったというのです。ダビデがペリシテの地に住む間、これがダビデの作戦であったのです。結果として、アキシュはダビデをしっかりと信じて「彼は自分の民イスラエルにすっかり嫌われたから、いつまでもわたしの僕でいるだろう」と思っていたということです。ダビデは自分たちが、ペリシテ人のアキシュの傭兵になるようにしたのです。ダビデが、ペリシテ人の地で生き残るにはそうするしかないと考えたのでしょう。また、ペリシテ人アキシュにしてみれば、あのゴリアトを倒してダビデとその兵が、自分たちの傭兵になることは大きな戦力を手に入れることができたと考えたのでしょう。ここで今日の聖書の箇所は終るのですが、29章にいきますと、困った事態が起ります。ペリシテ軍とイスラエル軍が全面戦争になっていきます。それは、ダビデ軍がペリシテ軍の傭兵としてイスラエル軍と戦うということになるのです。
ペリシテ軍とイスラエル軍はそれぞれ陣を敷きます。ペリシテ軍の中にダビデ軍も入っています。このままいけば、ダビデ軍はイスラエル軍と戦うことになります。しかし、ぎりぎりのところで回避することになります。ペリシテ軍が集結した時に、他の武将たちが、ダビデ軍がいることを嫌ったのです。ペリシテの武将たちは、イスラエル軍との戦いの中で、ダビデ軍が裏切ったらどうなるかという疑いを持ったからです。ダビデ軍は、ペリシテ軍とイスラエル軍の戦いから離れることになります。これをどのように考えればいいのでしょうか。神の導きでしょうか。
私たちはこのダビデの行動を見て、何を考えることができるのでしょうか。やはり、自分の考えを中心に行動して行くと思います。どのようにして神の御心を知ることができるのでしょう。どのような時にも、まず、神の御心を問いつつ歩んでいきたいと願うのです。
祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございました。あれほど、神の御心を大切にしていたダビデが、この個所では、神の御心を求めることはせず、自分の考えの通りに行動し、一時的には成功したかのように思いましたが、急に、大変な事態になろうとしました。最後には避けることができましたが、ダビデの行動から、私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。どのようにして、あなたの御心を求め、それを知ることができるのでしょうか。弱い私たちを助けてください。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


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