祈祷会 サムエル記上17:1~25「ダビデとゴリアト」 2025.8.13
サムエル記上16章で、ダビデが初めて登場して来ます。神はサウルに変わって新しいイスラエルの王としてダビデを選んだのです。では、サウルはイスラエルの王でなくなるかといえば、そうではなく王のままです。神はサムエルを通して、ダビデに王としての油を注ぎますが、まだイスラエルの王とにはなっていません。ダビデがイスラエルの王となるのは、サウルが戦死し、サムエル記下になってからです。16章でのダビデの役割は、神の霊がサウルから離れて、サウルが心の病となってしまいました。いろいろな悪夢を見るようになっていくのです。サウルの苦しみの中で、ダビデは竪琴の名手として登場して来るのです。サウル王が悪夢で苦しむ、その時にダビデはサウル王の傍らで竪琴を引きながら、癒しを与えるというものです。サウルが苦しむ時、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなることができました。
・17:1~3、イスラエルとペリシテの戦い
ペリシテ人がイスラエルとの戦いに備えて、軍隊を招集します。一方、サウルとイスラエルも兵を集結し、エラの谷で陣を敷き、戦いに備えます。ペリシテ軍は一方の山に、イスラエル軍は谷を挟んでもう一方の山に陣取りました。
・17:4~11、ペリシテ人ゴリアトの登場
ペリシテ軍の陣地から1人の戦士が進み出て来ます。その名をゴリアトといい、ガド出身で、背丈は6アンマ半(約2.8m)でした。頭に青銅の兜をかぶり、身には青銅のうろこのあるとじの鎧を着、足には青銅のすね当てを着け、肩には青銅の投げ槍を背負っていました。槍の柄には機織りの巻き棒のように太く、穂先は鉄でできていました。ゴリアトの前には盾持ちがいたのです。ゴリアトは立ちはだかり、イスラエルの戦列に向かって呼ばわって「どうしてお前たちは、戦列を整えて出て来るのか。わたしはペリシテ人、お前たちはサウルの家臣、1人選んで、わたしの方へ下りて来させよ。その者にわたしと戦う力があって、もしわたしを討ち取るようなことがあれば、我々はお前たちの奴隷となろう。だが、わたしが勝ってその者を討ち取ったら、お前たちが奴隷となって我々に仕えるのだ」といいます。更に、ゴリアトは続けて「今日、わたしはイスラエルの戦列に挑戦する。相手を1人出せ。一騎打ちだ」と叫びます。ゴリアテの声を聞いたサウルとイスラエルの全軍は恐れおののくのです。
・17:12~25、ダビデの登場
ダビデは、ユダのベツレヘムの出身で、エッサイの息子でした。エッサイには8人の息子がいました。エッサイはサウルの時代、人々の間で長老だったということです。エッサイの3人の息子たちも戦いに出ていました。長男エリアブ、次男アビナダブ、三男シュンマです。ダビデは末っ子でした。このダビデは行ったり来たりして、サウルに仕えたり、ベツレヘムで父の羊の世話などをしていました。さて、エッサイはダビデに「兄さんたちに、この炒り麦1エファと、このパン10個を届けなさい。陣営に急いで行って兄さんたちに渡しなさい。このチーズ10個は千人隊長に渡しなさい。兄さんたちの安否を確かめ、そのしるしをもらって来なさい」といいます。
サウルとイスラエルの兵は皆、ペリシテ軍とエラの谷で戦っていました。ダビデは父の命令を聞いて、翌朝早く起き、羊の群れを番人に任せ、父が命じたものを担いで出かけました。ダビデが陣営に着くと、兵は鬨の声をあげて、戦線に出るところでした。イスラエル軍とペリシテ軍は、向かい合って戦列を敷いていました。ダビデは持参した物を武具の番人に託すと、戦列の方に走って行き、兄たちの安否を尋ねるのです。ダビデが兄たちと話している時に、ペリシテ人のゴリアトがペリシテ軍の戦列から出て来て、いつも言葉を叫びました。この声をダビデは聞いたのです。イスラエルの兵は皆、ゴリアトを見て後退し、甚だしく恐れるのです。
イスラエルの兵は「あの出て来た男を見たか。彼が出て来るのはイスラエルに挑戦するためだ。彼を討ち取る者があれば、王様は大金を賜るそうだ。しかも、王女をくださり、更にその父の家にはイスラエルにおいて特典を与えてくださるということだ」といいます。ダビデは周りに立っている兵に「あのペリシテ人を打ち倒し、イスラエルからこの屈辱を取り除く者は、何をしてもらえるのですか。生ける神の戦列に挑戦するとは、あの無割礼のペリシテ人は一体何者ですか」と聞きます。
まもなくダビデは、ペリシテ人ゴリアトとの1対1の戦いに出て行きます。相手は巨人で戦いの勇者です。一方でダビデはまだ少年でした。人間的な視点では、この戦いはまったく無謀な戦いになります。圧倒的にダビデが不利なことは、誰の目にも明らかでした。それを分かってもダビデは戦いに出て行こうとします。ダビデはゴリアトとの戦いの前に、何を確認して出て行くことができたのでしょうか。自分の命がかかっているのです。恐れることはなかったのでしょうか。
私たちの人生にも、このような大きな試練と向き合うことが起って来ます。その時に、どう立ち向かうことができるのでしょうか。このダビデのように、大胆に出て行くことができるようになるためには、何が私たちには必要なことでしょうか。
祈り 神よ、聖書の学びと祈りの時を与えてくださり、ありがとうございます。大きな敵を前にしてダビデは、恐れることなく戦いに出て行こうとします。大きな壁に、私たちは人生の中で出会います。その時に、私たちはその大きな壁に恐れて、ひるんでしまいます。その大きな壁を避けていこうとします。でも、また新しい大きな壁と出会うことになります。大きな壁とどう向き合い、克服していけばいいのかを神の知恵を教えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)


コメント