祈祷会 サムエル記下1:17~27「ダビデによる追悼の歌」 2026.1.14
イスラエルの最初の王サウルとその息子ヨナタンが戦死したこと知ったダビデは、深く悲しんでいます。そこでダビデは2人の追悼の歌として「弓」と題して詠みました。ユダの人々に読むように命じたのです。ダビデのサウル王に対する思い、友情で結ばれたヨナタンに対する思いをみていきたいと思います。
・1;23~24(サウル王に対する思い)
サウルとヨナタン、愛され喜ばれた二人、鷲よりも速く、獅子よりも雄々しかった。命ある時も死に臨んでも、二人が離れることはなかった。泣け、イスラエルの娘らよ、サウルのために。紅の衣をお前たちに着せ、お前たちの衣の上に、金の飾りをおいたサウルのために。
ダビデは、サウル王に対しては命を狙われて続けていたので、複雑な思いを持っていたと思います。でも、この弓の歌では、深い悲しみと追悼の思いが溢れています。どうして、このような思いを持つことができたのでしょうか。ダビデとサウル王の関りを見ていくと、サウル王は、自分の地位を守るために、どうしてもダビデの存在を許すことができず、殺害しようとしていきます。そのサウルの行動に対して、ダビデは逃げ続けて行くのです。ダビデにはサウル王を2回ほど殺すチャンスガありました。でも、殺さなかったのです。その理由は、サウル王が主に油を注がれたからです。サウル王を殺すことは、神に逆らうことだと信じていたからでした。最初の時は、次のように思っていました。
・サムエル記上24:5~7
ダビデの兵は言った。「主があなたに、『わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。思いどおりにするがよい』と約束されたのは、この時のことです。」ダビデは立って行き、サウルの上着の端をひそかに切り取った。しかしダビデは、サウルの上着の端を切ったことを後悔し、兵に言った。「わたしの主君であり、主が油を注がれた方に、わたしが手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」
ここでダビデは兵にいっているように、サウル王が目の前にいながら殺さないには、主が油を注がれたからだといっています。その思いは、主に逆らうことは、主から必ず罰を受けると思っていたからです。2回目は変っています。
・サムエル記上26:9~11
ダビデはアビシャイに言った。「殺してはならない。主が油を注がれた方に手をかければ、罰を受けずには済まない。」更に言った。「主は生きておられる。主がサウルを打たれるだろう。時が来て死ぬか、戦に出て殺されるかだ。主が油を注がれた方に、わたしが手をかけることを主は決してお許しにならない。今は、枕もとの槍と水差しを取って立ち去ろう。」
2回目は、ダビデはサウル王に対して、主がサウルを打ってくださる。時が来て死ぬか、戦に出て死ぬかだといっています。自分がサウル王を討てば、必ず主から罰を受けると信じているダビデがいました。ついにダビデはサウル王から逃げるために、敵地であるペリシテの地に逃げて行くのです。ペリシテの地に逃げればサウル王はここまで追って来ないと考えたからでした。そこまでダビデは追い込まれていたのです。それでも、ダビデはサウル王の死を悲しみ、ここで追悼しています。イスラエル王の素質をここに見ることができます。
・1:25~26(ヨナタンに対する思い)
ああ、勇士らは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンはイスラエルの高い丘で刺し殺された。あなたを思ってわたしは悲しむ。兄弟ヨナタンよ、まことの喜び、女の愛にまさる驚くべきあなたの愛を。
ここでダビデは愛するヨナタンが死んだことを深く悲しんでいます。あなたを思ってわたしは悲しむ。兄弟ヨナタンよ、まことの喜び、女の愛にまさる驚くべきあなたの愛をといっています。女の愛にまさる驚くべきあなたの愛は、どのような愛なのでしょうか。
・サムエル記上18:1~4
ダビデがサウルと話し終えたとき、ヨナタンの魂はダビデの魂に結びつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。サウルはその日、ダビデを召し抱え、父の家に帰ることを許さなかった。ヨナタンはダビデを自分自身のように愛し、彼と契約を結び、着ていた上着を脱いで与え、また自分の装束を剣、弓、帯に至るまで与えた。
・サムエル記上20:2,41~42
ヨナタンはダビデに答えた。「決してあなたを殺させはしない。父は、事の大小を問わず、何かするときには必ずわたしの耳に入れてくれる。そのような事を父がわたしに伏せておくはずはない。そのような事はない。」従者が帰って行くと、ダビデは南側から出て来て地にひれ伏し、三度礼をした。彼らは互いに口づけし、共に泣いた。ダビデはいっそう激しく泣いた。ヨナタンは言った。「安らかに行ってくれ。わたしとあなたの間にも、わたしの子孫とあなたの子孫の間にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから。」
・サムエル記上23:16~17
そのとき、サウルの子ヨナタンがホレシャにいるダビデのもとに来て、神に頼るようにとダビデを励まして、言った。「恐れることはない。父サウルの手があなたに及ぶことはない。イスラエルの王となるのはあなただ。わたしはあなたの次に立つ者となるだろう。父サウルも、そうなることを知っている。」
ヨナタンはサウルの子でありながら、ダビデを深く思っているのです。時には父であり王であるサウルを裏切ってもダビデのために尽くすのです。そのことでダビデはヨナタンの愛を、そのようにいったのでしょう。サウルとヨナタンの死のために、ダビデは深く悲しみ哀悼の歌を歌っています。
祈り 神よ。聖書の学びと祈り時を与えてくださり、ありがとうございました。ダビデの思いを少しでも知ることができますように導いてください。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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