7月5日の祈祷会の内容です。

祈祷会
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祈祷会      申命記25章「イスラエルのレビラート婚を考える」    2023.7.5

 申命記には、イスラエルの人々が守るべき神の教えがいろいろあります。当時のイスラエルの人々の生活の様子を意識しながら、みていきたいと思います。

25:1~3、鞭打ち

 イスラエルの人々の内で、2人の間で争いが生じました。2人は法廷に出頭することになります。正しい者を無罪とし、悪い者を有罪とすることになります。有罪の者が鞭打ちの刑に定められる場合、裁判人は、有罪になった者をうつ伏せにし、罪状に応じた数だけ打つことになります。この時に、40回までは打ってもいいのですが、それ以上はいけないといいます。死んでしまう可能性があるからです。有罪になったといっても同胞だからです。

25:4、脱穀する牛の保護

 脱穀している牛に口籠をかけてはならないとあります。牛に対する憐れみの思いが出ています。

25:5~10、家名の存続

 兄弟が一緒に暮らしています。そのうちの1人が子どもを残さず死んだ時には、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならないのです。亡き夫の兄弟が妻と結婚することになります。兄弟の義務を果たすことになります。彼女の産んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名前がイスラエルの中から絶えないようにするためです。

 もし、その人が義理の姉妹をめとろうとしない場合、彼女は町の門に行って長老たちに訴えることができます。そして、「わたしの義理の兄弟は、その兄弟の名をイスラエルの中に残すのを拒んで、わたしのために兄弟の義務を果たそうとしません」というのです。町の長老たちは彼を呼び出して、説得するようにしなければならないのです。それでも、彼が「わたしは彼女をめとりたくない」と言い張るならば、義理の姉妹は、長老たちの前で彼に近づいて、彼の靴をその足から脱がせ、その顔に唾を吐き、「自分の兄弟の家を興さない者はこのようにされる」というべきだというのです。結婚を拒否した彼は、イスラエルの人々の間で「靴を脱がされた者の家」とよばれるとあります。結婚を拒否する自由もありました。

25:11~12、組み打ちの場合

 2人の男が互いに争っている時、一方の妻が近づいて、夫が打たれるのを救おうとして、手を伸ばして、相手の急所をつかんだときは、その手は切り落とされねばならないとあります。

25:13~16、正しい秤

 イスラエルの人々の中で、袋に大小の重りを入れておいてはならないのです。家に大小の2つの升を置いてはならないのです。人々が全く正確な重りと全く正確な升を使うならば、神は喜ばれるというのです。神はイスラエルの人々に社会的な正義を求めています。商売する時に、大小の重りや升を使って不正をするということがありました。そのようなことを神は許さないのです。弱い者や貧しい者を守ることが求められています。

25:17~19、アマレクを滅ぼせ

 イスラエルの人々はエジプトを出た時に、旅路でアマレクがしたことを思い出しなさいといいます。アマレクは道でイスラエルの人々と出会い、イスラエルの人々が疲れ切っている時に、しんがりにいた落伍者をすべて攻め滅ぼしてしまった。主がイスラエルの人々に嗣業の土地として得させるために与えられる土地で、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられる時、忘れずにアマレクの記憶を天の下からぬぐいさらせなければならないのです。アマレクを滅ぼすということです。

 申命記25章の中で、5~10の家名の存続ということを特に考えていきたいと思います。これは、イスラエルの人々の家の事情というものがあります。日本もかつて結婚は、家という考えが中心だったと思います。家が大切というものです。今でもその影響は残っています。イスラエルでは、個人よりも部族の存続というものが大切でした。一族を絶やさないという意識の中でレビラート婚というものがうまれてきました。それだけ厳しい歴史の歩みがあったということでしょう。戦後、日本でもそのようなことが行われていたといわれています。

マルコ12:18~25

復活はないと言っているサドカイ派の人々が、イエスのところへ来て尋ねた。「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が死に、妻を後に残して子がない場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、跡継ぎを残さないで死にました。次男がその女を妻にしましたが、跡継ぎを残さないで死に、三男も同様でした。こうして、七人とも跡継ぎを残しませんでした。最後にその女も死にました。復活の時、彼らが復活すると、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです。」イエスは言われた。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、そんな思い違いをしているのではないか。死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。

 イエス様にサドカイ派の人々が質問しています。レビラート婚に関する質問です。妻が7人の兄弟と結婚する、そのようなことが起ってしまうのです。復活の時には妻は誰の妻になるかという問いでした。個人のことよりも、イスラエルの家を残していくことが何よりも大切だから、このようなレビラート婚がうまれたのです。今の日本は、家という意識よりも個人のことが大切に考えられています。どちらがいいかというよりも、それぞれの状況下の変化が起っているという認識が必要だと思います。

祈り 神よ。祈りと聖書の学びをすることができますことを感謝します。いろいろな環境や時代背景によって、いろいろな習慣や考え方があります。その違いを受け入れつつ、今の時にあって最善な道を示してください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

皆様の祈り「                                」アーメン。

共に祈ってくださり、ありがとうございました。(横山厚志)

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