祈祷会 レビ記1章「焼き尽くす献げ物」 2021.5.5
祈祷会では、創世記を読み、出エジプト記を読み、そしてレビ記を読んでいきます。レビ記を楽しみながら読んでいきたいと願っています。創世記では、神がイスラエルの人々を選ばれたことが書かれてありました。出エジプト記では、神がイスラエルの人々と契約を結ばれたことが書かれてあります。そして、レビ記では、その神とイスラエルの人々の間で結ばれた契約がどのようなものであるのかがより具体的に書かれてあります。
神は、イスラエルの人々との契約の中で、幕屋を造りました。それは、神がそこにいてくださる場所でした。その幕屋で奉仕する人が祭司でした。神はその幕屋からモーセに呼びかけて、レビ記の内容を語られるのです。レビ記は、全部で27章あります。レビ記の内容を大きく2つに分けることができます。
①1章~15章、犠牲による神への道
イスラエルの人々が神に近づくためには、犠牲が必要でした。神は聖なる方であり、罪あるイスラエルの人々が神に近づくことはできません。近づくと、打たれて死んでしまいます。そのためには犠牲が必要なのです。
②16章~27章、聖別による神との歩み
犠牲によって神に近づいたイスラエルの人々は、神と共にいて、神と共に歩むことができます。その時には、聖別が必要なのです。汚れているものと清いものがあります。人々は、この汚れているものから離れてから、神と共に歩むことができるのです。
1章~7章には、神が求める犠牲の献げ物の種類が5つ出てきます。焼き尽くす献げ物、穀物の献げ物、和解の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物です。今日の1章は、焼き尽くす献げ物が書かれてあります。これは、すべてが火によって燃え尽くされます。すべてが燃やされるのです。これは、自分自身を神に献げることになります。献げる動物ですが、それは本人の家畜でなければなりまぜん。牛、羊や山羊、山鳩か家鳩です。またその家畜はすべて無傷のオスを献げるのです。
本人が牛を献げ物としてささげる場合には、幕屋の入れ口に引いて行きます。本人の手を牛の頭に置きます。それは、本人の罪を牛に委ねることを意味します。罪を贖う儀式になります。本人がその牛を屠ります。すると祭司たちが、その牛の血を祭壇の4つの側面に注ぎかけます。本人が牛の皮をはぎ、その体を各部に分割し、祭司たちは、祭壇に薪を整えて並べ、火をつけてから、その分割された各部を祭壇の燃えている薪の上に置きます。その全部を祭壇の上で燃やして煙とします。これが、焼き尽くす献げ物であり、燃やして神にささげる宥めの香りです。先に言いましたが、人が神に近づくためには家畜の犠牲が必要なのです。そしてから、人は神の前に立つことがゆるされるのです。
祈り 神よ、レビ記の学びが始まりました。良き学びとなりますように、守り導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって、祈ります。アーメン。
皆様の祈り「 」アーメン。
共に祈ってくださいますように、お願いします。(横山厚志)
コメント