3月15日の礼拝の内容です。

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3月15日の礼拝の内容です。讃美歌は、56.194.315.444.27です。

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礼拝説教      使徒21:37~22:5「迫害者だったパウロ」   2026.3.15

 パウロは今、命の危機を感じていました。このままでは殺されてしまうと。パウロは3回に渡る伝道旅行を終えて、エルサレムに戻って来ました。パウロがエルサレムに戻ることは、非常に危険であり、迫害や投獄や命の危険があることを承知していました。それでも、パウロがエルサレム教会に行くことにこだわったのは、異邦人教会から集めたエルサレム教会への献金を直接、自分の手で渡したかったからです。

エルサレムに着いたパウロは、教会の人々に挨拶し、エルサレム教会の指導者ヤコブに会いました。ヤコブからパウロに対するユダヤ人キリスト者からの誤解があることを指摘されて、その誤解を解くために、神に誓願を立てている4人のために頭をそる費用を出すことになりました。パウロは4人の請願者と共に、神殿に入って行きます。7日の請願の期間が終ろうとしていた時に、アジア州から来たユダヤ人たちが、パウロが異邦人と共に神殿に入ったと誤解し、全群衆を扇動し、「イスラエルの人々よ。手伝ってくれ。この男は、律法と神殿を無視することを至る所で教えている。その上、ギリシャ人を神殿の境内に連れ込んで、この聖なる場所を汚している」と叫んでいます。すると、エルサレム中が大騒ぎになり、民衆は駆け寄って来て、パウロを捕え、境内から引きずり出し、神殿の門はすべて閉ざされました。彼らはパウロを殺そうとしているのです。

その時でした。エルサレム中が混乱状態に陥っているという報告が、ローマ軍の守備大隊の千人隊長のもとに届きます。千人隊長は直ちに兵士と百人隊長を率いて、その場に駆けつけます。群衆はローマ軍を見ると、パウロを殴るのをやめるのです。千人隊長はすぐにパウロを捕え、2本の鎖で縛るように命じます。そして、パウロが何者であるか、また、何をしたのか尋ねようとしますが、群衆があれやこれやと叫び立てていて、騒々しく真相をつかむことができないので、パウロを兵営に連れて行くように命じます。パウロが階段にさしかかった時、群衆の暴行を避けるために、兵士たちはパウロを担いで行かなければならなかったのです。群衆が「その男を殺してしまえ」と叫びながらついて来たからです。

そして、今日の聖書の箇所となります。パウロは多くのユダヤ人から殺されそうになっていました。急遽、ローマ軍が来て命が助かったのです。大勢の群衆は、パウロに向かって「その男を殺してしまえ」と叫んでいるのです。パウロはローマ軍の手の中にあって、命拾いをすることができたといえるでしょう。すぐに、ローマ軍の兵営に行かなければ大変なことになっていきます。しかし、パウロは、自分がローマ軍の兵営の中に連れて行かれそうなった時に、「ひとことお話をしてもよろしいでしょうか」と千人隊長にいうのです。自分の命を奪おうとしている人々からやっと逃げることができようとしているのに、振り返って、彼らに向かって話してもいいですかというのです。それもギリシャ語で千人隊長に話しました。千人隊長は「お前はギリシャ語が話せるのか。それならお前は、最近反乱を起し、4千人の暗殺者を引き連れて荒れ野へ行った、あのエジプト人ではないのか」と聞くのです。

少し前に、エルサレムでは4千人の暗殺者を率いて、ローマ軍に対して、攻撃をして来た1人のエジプト人がいたということです。彼らは熱狂的な思いでエルサレムの回復、ユダヤ人をローマ軍からの解放を狙ってそのようなことが起りました。結果として、ローマ軍によって鎮圧されましたが、首謀者のエジプト人を逃がしてしまったという事件です。その対応にあたったのが、この千人隊長でした。千人隊長にとって、その事件はまだまだ生々しく記憶に残っていたのでしょう。パウロは答えて、「わたしは確かにユダヤ人です。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です。どうか、この人たちに話をさせてください」といいます。パウロの様子を見て、千人隊長は許可します。

パウロは階段の上に立ち、民衆を手で制します。すっかりと静かになるのです。パウロは、今度はヘブライ語で話し始めます。「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください」と。パウロがヘブライ語で話すのを聞いて、人々はますます静かになっていきます。繰り返しになりますが、パウロはやっと命が助かったのです。ローマ軍によって、ユダヤ人から殺されそうになったいたのを救出されたのです。すぐにでも、その場から逃れたいという思いが強いと私は思いますが、パウロは何とその、自分を殺そうとした人々の前に立って、話をしたいと申し出ているのです。そして、パウロは多くのユダヤ人の前で話を始めていきます。彼らの分かるヘブライ語で、です。パウロが語るのは、自分の自身の経験したことです。

「わたしはキリキア州のタスソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。このことについては、大祭司も長老全体も、わたしのために証言してくれます。実は、この人たちからダマスコにいる同志にあてた手紙までももらい、その地にいる者たちを縛り上げ、エルサレムへ連行して処罰するために出かけて行ったのです」と、自らの体験をパウロは話しています。この後、パウロは囚人として、ローマ軍の保護のもとで、ローマにまで行くことになります。使徒言行録はエルサレムで始まったイエス・キリストの福音が当時の世界の中心地であるローマまで伝えられていくことを書いています。エルサレムからローマまでの困難な旅が始まっていきます。自由な旅ではなく、囚人としての旅としてです。

今、私たちの教会暦はイエス・キリストの受難を覚える受難節を歩んでいます。パウロの行動を見ていくと、イエス・キリストの受難の場面と重なって来ます。ゲツセマネの祈りの場面を見ていきたいと思います。

マタイ26:36~39

それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

 ここでは、イエス様が十字架を前にしての祈りが書かれてあります。イエス様は、ゲツセマネの祈りの時には、まだ十字架から逃げることができたのです。でも、心の葛藤が祈りとして出ています。激しい心の葛藤です。イエス様は悲しみもだえ始めます。神に祈ります。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」と。ここから分かって来ることは、イエス様にとって十字架は辛いことで、できればつきたくないと思っているのです。でも、自分の思いはそうですが、神の御心は違う。十字架に着くことだということです。

マタイ26:45~46

時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。

 時は近づいていきます。イエス様を裏切ったユダが、その仲間を連れて、イエス様を捕まえるためにやって来るのです。立て、行こうとイエス様はいわれるのです。見よ、わたしを裏切る者が来たと。すぐに、イエス様の弟子の1人であるユダが、祭司長たちや民の長老たちの遣わした大勢の群衆も、剣や棒を持って一緒に来ています。イエス様は立って、行こうとするのです。イエス様が十字架につかれるのは、私たちのすべての罪を赦すためです。罪を贖うためです。イエス・キリストの十字架がなければ、私たちの罪の赦しはないのです。ただただ、私たちの罪を贖い、赦すために、十字架に進んでいくのです。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。パウロは自分を殺そうとしたユダヤ人たちに向かって行きました。イエス・キリストも

十字架に向かって行きました。すべては、私たちの罪の贖いと赦しのためです。受難節を歩んでいます。イエス様の苦しみを覚えると共に、それが私たちの罪の贖いと赦しのためであることを、覚えることができますように導いてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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