8月3日の礼拝の内容です。讃美歌は、194.371.372.394.81.24です。
礼拝説教 使徒17:16~21「アテネでの伝道」 2025.8.3
8月の第1日曜日を迎えました。この日、日本基督教団の教会暦では、平和聖日となっています。今年は戦後80年を迎えます。かつての戦争が遠い記憶になっていくように感じます。今から80年前に起って戦争の悲劇を忘れてはいけないのです。私は戦後生まれです。その意味では、戦争を体験したことはなく、本や映画や戦争体験者の話を聞くことによって、戦争の悲惨さを想像するしかありません。私が以前に勤めていた平和学園では、8月6日の広島の原爆投下の日に合わせて、広島平和の旅を実施していました。私は、その広島平和の旅に、2度ほど参加しました。8月6日、広島の原爆平和公園で行われる平和式典に参加し、その後、原爆資料館に入り、原爆の悲惨さを自分の目に見るのです。とても辛いものでした。また、日本基督教団広島教会の礼拝に参加し、教会員の中で被爆体験者がいて、その被爆体験を聞きました。被爆者が語る内容は、あまりにも悲惨で辛いものでした。話すことはとても勇気がいることだなあと思いました。戦争の悲惨さを忘れてはならない、二度と戦争を起してはならないと決意しました。
80年前の戦争では、初めて原爆が使われました。当時は新型爆弾をいわれました。人間の科学技術によって原爆が誕生したのです。今まで以上の破壊力があり、放射能による被害によって、多くの人々が苦しんでいくのです。人間の科学技術に発展によって、原爆は生まれ、今日も多くの国が持っています。どうして、人間はこのような原爆を持とうとしているのでしょう。80年前の広島と長崎で起きた悲劇を忘れてしまったのでしょうか。今、ある国の指導者は、この恐ろしい原爆を使うかもしれないと脅しています。人間は、人間が不幸になるこの原爆をどうして造り、持とうとするのでしょう。戦争が起った時に、より優位になると考えているのでしょうか。また、現在の戦争を見ていると、新しい武器がどんどん出てきます。無人機やドローンなど、戦争の仕方が変ってしまうようです。私たち人間は、今後も、このような新しい兵器を開発していくのでしょうか。人を殺すための兵器がどうして必要なのでしょうか。こういう私は、人間の現実、戦争のことを知らないからそのようなことをいうのだといわれてしまうのでしょう。戦争、ここにはどうすることもできない人間の罪があります。
使徒言行録に入っていきましょう。この聖書の箇所は、パウロの第2回伝道旅行、アテネでの伝道の様子が書かれてあります。パウロはここまで第2回伝道旅行の歩みで、フィリピ、テサロニケ、ベレアと行きました。その町々で、ユダヤ人からの迫害にあい続けて来ています。ここアテネでは、そのようなユダヤ人からの迫害がなく、無事に次のコリントに行っています。パウロは最初、1人でアテネに行きました。このアテネの町では至る所で偶像があったということです。その多さにパウロは憤慨しています。アテネの人々の宗教心を感じたからです。ユダヤ人の会堂では、ユダヤ人や神をあがめる人々と論じています。広場では、居合わせした人々と毎日論じ合っていたとあります。当時のアテネは、ギリシャ哲学の中心的な町でした。ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど有名人がおりました。また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論していました。
ギリシャ哲学、エピクロス派、ストア派など聞いたことはありますが、どのような内容かは実際に知りませんでした。調べてみますと、エピクロス派は、快楽(気持ちよく楽しいこと)を大切にし、心の平安と肉体の苦痛のない状態を維持することを大切にしているということでした。ストア派は、理性に従った生活を大切にすること、自然に従って生きることを大切にしているそうです。人間の知恵を持って、どのようにしたら有意義な生活をすることができるのかを模索していこうというものです。このギリシャ哲学者との対話で、その中で「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」という者もいれば、「彼は外国の神々の宣伝をしるらしい」という者もいたとあります。
パウロは、イエスと復活についての福音を告げ知らせていましたが、アテネの人々はどのように受け取っていったのでしょうか。そこで、アテネの人々は、パウロをアレオパゴスに連れて行き、「あなたが説いているこの新しい教えがどのようなものか、知らせてもらえないか。奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ」と答えています。すべてのアテネ人やそこに在留している外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりするだけで、時を過ごしていたのであるとあります。このアテネの人々が、何か新しいことを話したり聞いたりするだけで、時を過ごしていたとありますが、どのようなことでしょうか。当時のアテネはギリシャ哲学の中心地でした。その流れから、ギリシャ哲学に関するいろいろな教えや考えたがあって、それを追及していくことは当然なことかと思ってしまいます。
アテネの人々は、常に何か新しいことの知識を求めていくことが目的なのです。その新しいことの知識を知ることで話したり聞いたりして、時を過しているとは、自分の日常生活が変わるということではないようです。この後で、パウロはアテネの人々に神の言葉を語っていきます。パウロはアテネの道を歩きながら、町の至る所に偶像があることを見ました。それをパウロは批判することなく、アテネの皆さんはあらゆる点で信仰のあつい人であると認めますと褒めています。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると「知られざる神に」刻まれている祭壇さえ見つけたからです。そこから、パウロは説教していきます。アテネの人々の目線に立って、神の言葉を語っていくのです。
パウロは「それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などなどにはお住みになりません」と続けていきます。アテネの人々の拝む多くの偶像から、本当の神はどのような方かと話を進めていきます。やがて、パウロが死者の復活について話をしていくと、ある者はあざ笑い、ある者は「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」といって、話が終ってしまう。もうそれ以上、聞こうとしないのです。
アテネの人々が、いつも何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたので、パウロの話を聞く耳を持っていないということになってしまいます。新しいことを知ることが目的なのです。それ以上のことはないということです。パウロが語る神の言葉は、人の人生に切り込んでいきます。人の生き方、人生そのものに語りかけていくのです。人間の本質の罪にまで入っていきます。
このアテネの人々の生き方、日々の生活を見ると、私たちとは違うと思うでしょうか。私たちの生き方とアテネの人々の生き方と非常に似ていると感じるのです。私たちが学校でいろいろな知識を得ます。新しい知識を得ることに必死です。それが、自分たちの人生を決定づけるものとなってしまうことがあります。いわゆる受験です。どこの学校に入ったかということで人間の価値が決めされてしまうようになっています。有名大学に入ったことで、よい人生が送ることができると思い、そうではない場合、良い人生を送ることができないと思われてしまうのです。ある人が学校に行けなくなる、それで自分の人生が終ったように感じて悲嘆に暮れてしまうのです。新しい知識をどのように自分の人生に用いるのか、新しい知識が、人間の幸福のためになっているのだろうかと問うことも必要です。
今から、80年前、戦争の悲劇を体験しました。人間の造った新しい知識、原爆、それを使ったことによっていかに人類に大きな悲劇を及ぼすか体験しました。私たちが知る新しい知識が、どう人間の生活に幸福をもたらすものとなるのか日々問う必要があります。
私たちは今日も教会に来て、神を礼拝し、神の言葉を聞き、神への賛美をしています。この意味を考えていきたいと思います。神の言葉から、私たちは日常生活の中で大切なこと受け取っていきます。何が大切で、何が必要ないのか、分かって来ます。キリスト者として、教会に集まって、皆と共に、神を礼拝していく、その中で、人としての大切なことを知り、日々の生活の中で生かしていくことができると信じています。神への信仰生活が、そのように私たちの考え方、生き方、そして人生の歩みを変えてくださるのです。神を中心にした信仰生活を大切にしていきたいと願います。戦後80年、平和聖日の日、平和を祈りつつ、神に従っていく人生を大切し、周りの人々に神の言葉を伝えていきたいと願います。
祈り 神よ。平和聖日をこのように皆様と共に守ることができました。感謝します。戦後80年、あの日の悲しみを知り、もう二度と戦争を起してはいけないと願いつつ、人間の知恵の限界性を知ると共に、神の言葉によって、平和な時をつくる者として歩むことができますように導いてください。弱い私たちに、平和を実現する力を与えてください。この願いを、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。


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