3月24日の礼拝の内容です。

礼拝
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3月24日の礼拝の内容です。讃美歌は、307.575.306.522.26です。

礼拝説教   ルカ22:54~62「わたしはあの人知らない」(小椋実央牧師) 2024.3.24

「わたしはあの人を知らない。」冷たい言葉です。背筋がすっと寒くなるような気がします。あなたのことが嫌いだ、と言われるよりも、あなたのことを知らないと言われる方が見捨てられたような気持ちになります。「愛の反対は憎しみではなく無関心です。」と言ったのはマザーテレサだったでしょうか。わたしはあなたを知らない、存在そのものを否定する言葉。相手を抹殺する言葉。死に至らしめる言葉。マザーテレサの言葉を借りるなら、愛のない言葉です。

「わたしはあの人を知らない。」言葉は少しずつ変化していきますが、3回主イエスを知らないと言ったことでペトロは主イエスを裏切った弟子というレッテルをはられています。ペトロが「主イエスを知らない」と言ったことは、4つの福音書すべてに記されている事柄です。4つの福音書すべてに共通で記されている物語というのは実はそれほど多くはありません。勿論、イエスさまが十字架におかかりになって、復活されたということはどの福音書も記していることですが、有名なところですとクリスマスのお話はマタイとルカにしかありませんし、教会ではよく読まれるよいよいサマリア人のたとえや放蕩息子のたとえはルカにしかありません。4つの福音書すべてに記される話というのは意外と少ないのです。ペトロが主イエスを知らないと言った、この物語が4つの福音書すべてに記されるということは、どこの教会でもこの話が大事に伝えられてきた。イエスさまの十字架と復活と同じぐらい、同じ頻度で繰り返し語られてきた、ということをあらわしています。それらがゆえにペトロは、最初はイエスさまに従うと言っておいて後からイエスさまを裏切ってしまう卑怯者、イエスさまを売り渡すユダとは別の意味で裏切者の代名詞がペトロには添えられています。

しかしほかの福音書によれば主イエスが逮捕される時には弟子たちはみんな逃げてしまって、ペトロはたった一人で大祭司の家にまでついてきたのです。ペトロはとても勇気があるのです。このことが起こるほんの数時間前に、「主よ、ご一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております。」とペトロは言っています。その気持ちは嘘ではなかったのかもしれません。死を覚悟して捕らえられたイエスさまについてきたのです。たとえ他の弟子が主イエスを見捨てたとしても、自分だけは見捨てるわけにはいかない、そういう気持ちでペトロはついてきたのかもしれません。61節を見ますと、主イエスが振り向いてペトロを見つめた、とありますから、この時点では主イエスはペトロに背中を向けているわけです。主イエスの後ろ姿がすぐ近くに見えるのです。裁判はまだ始まっていませんでした。

ルカによる福音書によれば、今日お読みした後の66節から最高法院の裁判が始まることになっています。この時点では、大祭司から個人的に取り調べを受けているのか、裁判がはじまるのを待っているような、そのような状況だったのでしょう。主イエスが逮捕される瞬間には大祭司の手下にナイフで切りつけた弟子がいます。ヨハネ福音書によれば、これはペトロだということになっています。ですから、ペトロはナイフをしのばせて大祭司の中庭に潜り込んでいたのかもしれません。まわりにいるのは主イエスを裁判にかけて貶めようとしている敵ばかりです。その中に交じって火にあたっているのです。スポーツでいうところのアウェイの状況です。すぐそこには主イエスの後ろ姿が見えます。ナイフ一本で乗り込んでいけば、助け出すこともできたのかもしれません。緊迫感に包まれながら、ペトロは状況を見守っています。

思いがけない横やりが入りました。たき火に照らし出されるペトロの顔を見た家の女中が、「この人も一緒にいました」と言うのです。女中の言葉はペトロにむかってではなく、家の中の人々つまり主イエスを捕らえて連れていった人にむけて語られています。この人も一緒にいました。この人も仲間なのだから、一緒に捕らえるべきだ、と。この時、ペトロには考える余裕がありませんでした。ペトロは反射的に答えます。「わたしはあの人を知らない。」主イエスを知っているか?あの男を知っているか?と聞かれたわけでもないのに知らない、と答えるのです。これがペトロの精一杯の抵抗でした。思いがけないところから次の矢がとんできます。「お前もあの連中の仲間だ。」今日のように、写真や映像で客観的に自分の姿を見ることの少ない時代です。ペトロは主イエスと共に行動していたがゆえに、思いのほか自分の顔が知れ渡っていることに、自分では気づいていなかったのかもしれません。

そこから1時間が経過したと59節にあります。この1時間は地獄のように長く感じられたことでしょう。1時間も身分を隠し通すことができたということは、先ほどのやりとりでペトロはうまくごまかすことができたということをあらわしています。ペトロは気を許しておしゃべりに興じていたのでしょう。あるいは沈黙を貫いているほうが不自然だから、わざと世間話をしてごまかそうとしていたのかもしれません。それがかえってあだになりました。主イエスも、ペトロも、ひどいガリラヤ訛りなのです。ペトロの話している言葉から、主イエスと同じ仲間だと知られてしまうのです。

ここにいる大半の方は愛知県出身で、勿論私もそうですが、東北や関西に比べると、愛知県、中部地方はそれほど訛りは強くないんじゃないか、と私は思っていました。そのうえ私は両親が関東出身ということもあって、自分は標準語と地元の人と話す時には使い分けている、バイリンガルという自負がありました。東京に行くまでは。東神大に行って、別に愛知県出身ということを隠していたわけではありませんけれども、やはり関東圏出身の人が多いものですから、自分は標準語を操ってなじめていると思い込んでいました。このたき火にあたっておしゃべりをしていたペトロと同じ状態だったわけです。神学校ですからクラスメートと何度かお祈りをする機会があって、その時にアーメンのイントネーションが違うと言われました。それが悪い、というわけではありませんが、お祈りの時には自分の出身地の言葉になるんだね、ということを言われたことがあります。ですからこの時のペトロの気持ちが、ペトロの動揺が手にとるように分かる気がします。完全に自分を隠している、溶け込んでいるつもり。エルサレムの住人、もしくはエルサレム近郊の住人を装っていたのに、ガリラヤ出身が知られてしまう、という驚き。「あなたの言うことは分からない」と言うペトロの言葉は、この時ペトロにできうる精一杯の抵抗だったのだと思います。

ペトロが3回知らないというのを待っていたかのように鶏が鳴きます。主イエスは振り向いてペトロをみつめます。そのまなざしの中でペトロは主イエスの言葉を思い出します。「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度もわたしを知らないと言うだろう。」主イエスの言葉が実現してしまったことにペトロは気付くのです。そして外に出て激しく泣くのです。主イエスはどのようなまなざしでペトロをみつめたのでしょうか。ペトロを厳しくとがめるまなざしではありません。あなたを失いたくない、というまなざしです。失われたものを探し出し、連れて帰ろうとするまなざしです。何故3回だったのだろう、という問いが残ります。1回でもなく、または5回や6回でもなく、なぜ3回ペトロに知らないと主イエスは言わせたのだろうという問いです。それは3回言わせたかったのではなく、これ以上言わせないように、これ以上ペトロが良心の呵責に苛まれないように、3回で打ち止めにしたのではないかと思うのです。ナイフ一本で人生を切り開こうとしていたペトロです。しかし必要なのは度胸ではありません。ただ、主イエスに愛されることです。主イエスに無条件で愛されるのを受け入れることです。

主イエスのまなざしはペトロにこう語ったはずです。ペトロ、あなたは逃げてもいい、よくやった。逃げて、生き延びなさい。ここで命を落としてはいけない。恥さらしと言われようが、後ろ指をさされようが、あなたはここで死んではいけない。生きて、生き延びて、立ち直って、兄弟たちを助けてやりなさい。主イエスははじめからペトロの勇気は必要としていなかったのかもしれません。しかしペトロが勇気を振り絞って、そして知恵を絞って自分が主イエスの仲間だということを隠してまで大祭司の家の中庭についてくることをおゆるしになりました。12弟子のリーダーであるペトロに花を持たせてやりたかったのかもしれません。この大祭司の家の中庭でおこりうることを主イエスは気付いていました。だから信仰がなくならないようにとペトロのために祈りました。3回も知らないと言ったペトロを責めるのではなく、憐れみに満ちたまなざしでみつめて、主イエスはペトロをなお一層深く愛そうとされたのです。ペトロは主イエスの愛の重みに耐えきれず、激しく泣き始めるのです。主イエスの愛を知るのです。自分が愛する以上に主イエスに愛されていたことを知るのです。自分が助けなければいけないと思っていた主イエスに逆に助けられていたことを知るのです。しかし、ペトロが主イエスの本当の姿を知るのは、もっと後のことです。主イエスが人間の罪のために十字架におかかりになり、復活されるという主イエスの本当の愛をペトロが知るのは、もっと時間がたってからのことなのです。

来週、イースターに息子が洗礼を授けていただくことになりました。一人の人間が神さまに捕らえられて、変えられていくということを目の当たりにして、実は親である私が一番驚いている、と言ってもいいかもしれません。その驚きを少しみなさんと分かちあいたいと思っています。去年の春、つまり今年度のはじめぐらいから、日曜日に聞いた教会学校の説教、御言葉に彼が生かされているなと感じることが何度かありました。水曜日か木曜日ぐらいになって、何がしか聖書のことを話題にする。聖書を話題にすることはこれまでにも何度かあったのですけれども、それが日曜日の説教と直結している、と感じるようになりました。その時は家族ながら、正直に「すごいことだな」と思いました。日曜日に語られた説教がずっと自分の中に残って、その一週間み言葉によって養われている。自分自身は説教を聞いてものすごく感動した、心に残ると思っても、月曜日になるともうころっと忘れていることがある。金曜日、土曜日になると思い出すのも骨が折れる、ということもある。それが、日曜日に聞いた説教が、1週間彼の中で生きて働いているというのを会話の中で感じることができて、聖霊が働くというのはこういうことなんだなと改めて思いました。

夏に小さな事件がありました。家族が全員コロナに感染して、3週間礼拝を欠席することがありました。これまで体調をくずして休むことはあっても、長くても2週間連続、彼の10年という短い教会生活の中でコロナ禍を除けば3回連続で自分の都合で休むというのは初めての経験だったと思います。これは彼にとって大きな出来事だったようです。自分が本来いるべき場所にいない。本当なら日曜日の朝は教会で礼拝を守っているはずなのにそれができていないということにものすごく違和感を感じたようです。このことがきっかけで、自分は教会のメンバーだということを強く意識をしたようです。そして、自分は教会のメンバーでイエスさまを信じているのに、お父さんもお母さんも、教会学校の先生もみんな洗礼を受けているのに、自分が受けていないのはおかしいんじゃないか感じたようです。子どもなのではっきりとした言葉のやりとりがあったわけではないのですが、この一連の変化を間近で見てきた者として、これを見過ごしてはいけないんじゃないか、という思いが強くなりました。神さまの働きかけを強く感じました。そこで牧師に相談をしながら、3月の諮問会を経て来週イースターに洗礼式を迎えることになりました。

諮問会の前に、家で練習をしました。CS館で長老さんたちに取り囲まれて、「どうして洗礼を受けたいんですか」って質問されるよ、なんて答えようか?枕を並べて、何回かそういう会話を繰り返しました。日によっていろんなことを言っていたのですが、「せっかく教会に来てるから、洗礼を受ける」という言葉が、子どもらしい今の気持ちを一番表現できてるかなと思います。言い換えてみるなら、教会に来て、イエスさまに愛されていることを自分はすでに知っている。それでいて洗礼を受けないという選択肢はないんだ。むしろ洗礼を受けていないことのほうが不自然なのだ。だから自分は洗礼を受けるんだと。神の救いとはなんであるかとか、難しい言葉は抜きにして、子供らしい飾り気のない言葉に、親である私のほうが襟を正される思いがしました。自分はここまでまっすぐにイエスさまの愛を受け止めているだろうか。イエスさまとのかかわりを自分は素直に認めることができているだろうか。イエスさまの愛を分かっているふりをしているだけで、頭で理解しているだけで、実はイエスさまを拒絶してはいないだろうか。自分の信仰を振り返る、良い機会が与えられたと思いました。

そして、私はイエスさまを信じていますと素直に賛美できること、告白できることは、なんと清々しくて幸いなことだろうかとも思わされました。私たちは神さまと相対する存在として、神さまをほめたたえるよう造られているのだから、神さまを信じて、告白するというのは人間本来の姿に戻っていくことです。あるべき姿に、あるべき場所へと戻っていくことだから、ここから何度でも人生を新しく歩みなおすことができる。古い自分を脱ぎ捨てて、間違った自分を脱ぎ捨てて、何度でも新しく生きることができる。そのような幸いな道が私たちには備えられているのです。この幸いを、特に今年のイースターはみなさんと一緒に心から楽しみたいと思わされました。

受難週に入りました。イエスさまは捕らえられ、鞭うたれ、十字架へと向かいます。ペトロは言います。「わたしはあの人を知らない。」然り、確かにペトロは主イエスのことを知らないのです。なぐさめに満ちたまなざしで主イエスがペトロをみつめることを。裏切り、逃げ出すペトロを主イエスはどこまでも愛しぬいてくださることを、ペトロはまだ知らないのです。主イエスが十字架にかかり、復活されることをペトロは知らないのです。ですから「わたしはあの人を知らない。」という告白はある意味正しいのです。ペトロは事実をのべているのです。私たちも本当のところは主イエスを知らないのです。救いとは何か、主イエスが私のために何をしてくださったのか、2000年前のパレスチナ地方の片隅で起きた出来事が私にとってなんの意味があるのか、誰しも本当のことは分からないのです。私たちは主イエスを知らないのです。だから私たちは「主イエスを知らない」と告白するところから始めたいのです。主イエスのことをまるで分っていない私たちを思いやりのあるまなざしでみつめ、どこまでも追い求め、どこまでも愛しぬいてくださるお方、それが救い主イエス・キリストです。十字架にかかり、ご自分の身を引き裂いてまでも、あなたたちは私とは決して無関係ではないのだと、私があなたとは無関係には決してなりたくないのだと言ってくださる主イエスの愛をただ受け取ることしか私たちにできることはないのです。

来る日曜日にはまっさらな思いで、イースターを迎えたいと思います。私たちはあなたのことを、主イエスのことを、これまでまるで何も分かっていませんでした、知りませんでした、と。ただ手を広げて、心を大きく開いて、主イエスが与えてくださる愛をしっかりと受け止めることだけに心を注いで、ご一緒に主イエスのご復活の祝いの時にあずかりたい、その時を心待ちにして今日から始まる2024年の受難週を過ごしたいと思います。

<祈り>天の父よ、私はあなたを知りません。しかしあなたは私を知っておられます。この幸いに生きる喜びを、心から感謝します。あなたを信じますとの告白を、日曜日ごとに新たな思いで告白することができますように。孤独で、心がふさいでしまっている者にもあなたが届いてくださいますように。そして言葉が違っても、場所が違っても、心を同じくしてあなたをほめたたえることができますように。

この祈りを主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン

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